📝一生に一度は読むべき本
⭐Prologue 25年11月26日
⭐夏目漱石『こころ』 25年12月25日
⭐川端康成『雪国』 26年1月6日
⭐遠藤周作『沈黙』 26年1月28日
⭐三島由紀夫『金閣寺』26年4月1日
一生に一度は読むべき本
2026年4月1日連載中
⭐Prologue(2025年11月26日)
単調な日々を過ごす今日この頃。
何か面白いことはないものか?もはや手放せないスマホをイジっていたら、ふと目に止まります。
キャンパス大学なるサイトにて、
一生に一度は読むべき日本人作家の本
①こころ 夏目漱石
②雪国 川端康成
③沈黙 遠藤周作
④金閣寺 三島由紀夫
⑤人間失格 太宰治
との紹介記事を見つけました。ふ〜ん…
この世に誕生已来、読書など皆無の私。さすがに有名だ。本も作家も名前は知っている。でも、
全て一度も読んだことがない。勿論この有名作家の他の作品もほぼ読んでいない。夏目漱石の『吾輩は猫である』は少しだけ読んだ記憶がある。
そこで使い道に迷っていたPayPayポイントで、これら一生に一度は読むべき本を購入、読書感想文を書いてみよう!と思い立ってしまいました。
気は進まないが… やってみるか。
早速 Yahoo SHOP で夏目漱石の『こころ』を注文し、本日(2025年11月25日)届きました。
*その後全ての本を取り寄せました。合わせて二千円もせず。これで楽しめるのなら安いね。
書いた以上はやり遂げる!期間は3年… は、さすがに長過ぎるので1年にします。間に合うかな?
⭐夏目漱石『こころ』2025年12月25日
一生に一度は読むべき本と云うことで、その第一弾の夏目漱石『こころ』を読んでみました。
その感想文を書くのですが…
なかなかに難しい。読書前の知識としては明治天皇の崩御と乃木希典夫妻の殉死に関していて、
有名な『こころ』の一節である『明治の精神は天皇に始まり天皇に終わった』も拝読しました。
当時の明治天皇の崩御に対する衝撃に、乃木希典夫妻の殉死に対する様々な意見がある。明治時代を生き抜いた人とこれからの若い世代の人か…
明治の文豪森鴎外は、殉死を感化するような作品を多く書いた一方で、若手気鋭の芥川龍之介は、殉死を時代錯誤だと茶化している。そして夏目漱石は両意見があるのだと客観的に述べている。
小説では、若い真面目な書生と、彼が先生と呼ぶ物静かな中年男性との、風変わりな交流を通じて、崩御と殉死に対する漱石の想いが垣間見える。
*あらすじを書くのはダメなので、でも全体の半分以上が先生が書生に宛てた遺書って… 不思議
私は当時生きていたわけではないので、感覚的にはよく分からない、が正直な感想です。
それより私も云われた記憶がある。
いつの時代でも、最近の若い世代は… という話はあるんですね。そこに私は親近感を抱きました。
*小説では先生が遺書で、自殺する私の気持ちをあなたは分からないでしょう、となっている。
現代社会は変化スピードが早いが、江戸から明治時代への変化も負けず激動で、若い世代に対する感受が似ているイメージがします。さらに、
江戸以前の時代と異なり、様々なことを自由に表現できる最初が明治時代。その初期に今でも通じる身近で普遍的な人間模様を畫いている。
*死期迫る父親の最期を看取るべく。久し振りに顔を合わせた兄と書生の会話とかね。
この小説が百年以上経った今なお、読み続けられている所以でしょうか?こんな感じかな… さて、
話は変わりますが、久し振りの読書に昔の小説なので難しい漢字だらけ、最初は苦痛で苦痛で…
でも慣れてくると、登場人物の心理や感情の描写が、読書が苦手な私にも心地よく響いてくる。
例えばこんな感じ『私はこう言おうとしたが、先生の機嫌を損ねるかなと思って言うのをやめて、その話題には触れないことにした』とかね。
いつしか小説の世界に惹き込まれ、一気に数十頁読んだりと、楽しい時間と相成りました。
不満としては、ユーモア的要素がほとんどなかったこと。でもこのテーマでは仕方ないかな。
⭐川端康成『雪国』2026年1月6日
一生に一度は読むべき本と云うことで、第二弾はノーベル文学賞作家、川端康成の『雪国』です。
その感想文を書くのですが…
これは本当に難しい。読み終えて素直な感想が、何だよこれ… なんです。気分は淀んだ曇り空。冷たい風が吹き付け今にも雨が降りそうです😅
主人公の島村という男、妻子持ちなのに親の遺産があり働かず趣味に生きている。しかも山深き温泉街に来て、若い芸者とうつつを抜かしている。
そんな男女関係を畫いたストーリー。
年に一度ほど東京から旅へ、新潟と栃木の県境の湯沢町の温泉宿に長居、趣味の山登りなどもしつつ、芸者の駒子を愛人にして楽しんでいる。
芸者として宴会を盛り上げて、酔っぱらっては島村の部屋に飛び込んで、時には泊まっていく。
ゆきずりの愛、儚い関係。島村の前でありのままの素直な自分を魅せる駒子。冷たく澄んだ島村の心の鏡は哀しくも美しい駒子の姿を写し出す。
解説には川端文学の美質が完全に開花した不朽の名作とある。でも私には… 理解は難しい。
全てが幻想のように思える。何ともペラペラで安っぽく感じる。ただの遊びじゃない?ってね。
最近でいうパパ活のような… 薄っぺら感。
恵まれない境遇に辛い経験もして、生活のために宴会の舞台を仕事場に、若く容姿端麗で明るい性格に、虚しさや哀しさが覆い被さっても、気丈に生き抜く強い意思を示すその魅力を表現しようと、
山深き雪国の自然の厳しさと美しさ。芸者の華やかな舞台と田舎の観光地で生活していく辛さ。小千谷縮の雪晒しと駒子の女としての美しさ。
どれほど文学的技巧を駆使して、その儚い美しさを表現しようにも、全ては幻想に過ぎない…
それが素晴らしいのだという小説なんでしようね。私にはどうも… イマイチでしたね。
*夏目漱石の『こころ』同様、後半は数十ページ一気読みしたけれど(火事のトコは惹き込まれた)不朽の名作は後半が面白いのかな😁
①女の美しさは男がいないと表れない②女と接するとは包んで安心させて揶揄うこと③女を愛するとは全てを真正面から受け止めること。
お恥ずかしいが私の持論です。島村と駒子の関係には①②はあったが③はない『綺麗は弱く、強くして美しくする』幾ら技巧を駆使しても『綺麗を美しく』は表現できないと私は思いますね。
*あっそういや解説に『結末は畫けずに途中で終わらざるを得なかった』って書いてあったな…
⭐遠藤周作『沈黙』2026年1月28日
一生に一度は読むべき本と云うことで、第三弾は遠藤周作の『沈黙』です。恥ずかしながら私は全く知らなかった。超有名な小説なんですね。
読んだ直後の感想は『面白かった』です。
江戸時代初期キリシタン弾圧下、少し脚色を加えた実在するキリスト教司祭(パードレ)の話。
日本史好きの私。キリシタン弾圧の知らない実状や凄惨な実情(穴吊りの刑や背教に殉教、百姓切支丹)が詳しく書かれていて興味深かった。
さて有名な小説だし内容は端折って😁
この物語のハイライトは、キリシタン禁制下に日本に潜入し、囚われの身となったポルトガル人司祭ロドリゴが果たして背教をするかどうか?
不潔な狭い牢屋に監禁され、脅しや懐柔の言葉を浴び続け、同僚や切支丹の殉教を見せられ、背教したフェレイラ元神父に説得され、拒否すれば穴吊りの刑という具合で極限まで追い詰められる。
キリスト教の司祭として、鎖国で禁教下の日本に布教しに来たのだから、相当の信仰者である。
情熱に溢れ気概を感じる若きロドリゴ。
命はもちろん生活も保障する。だから表面的で良いから背教してほしい。あり得ない。役所の軍門に下るとは、これまでの自分を全て否定するに等しい。殉教すると頑なに拒否を続けるロドリゴ。
読んでいて背教してほしいと願う私。だって死んだら終わりだし、処刑なんて絶対嫌だし、背教の先輩フェレイラもいるし、牢屋はつらいし、
もちろん気持ちは痛いほどよく分かる。負け犬をさらけ出し、情熱も生き甲斐も抜け落ちて、虚しく余生を過ごす日々に何の意味があるのか?
絶望の状況で嘆き悩み苦しむロドリゴ。お願いだから背教して!読みながら気が気でない私。
居ても立ってもの心境でスマホで検索する私。ロドリゴのモデルで、実在する人物のジュゼッペ・キアラ神父は、穴吊りの刑に耐え切れずに背教したとの記事を見つけて、ホッと一息つく私😅
これで安心して読み進められる。
果たして結末は、穴吊り直前に踏み絵を踏んで背教。自由は束縛されたが、キアラ神父同様、日本人となって天寿を全うしました。ホッ😁
さてこの結末『ロドリゴ司祭の背教』キリスト教徒として私は正しい選択だったと思います。
私は全くの無宗教ですが、以前ほんの少しだけキリスト教のことを考えたことがあります。
綺麗ごとだけでは生きられない。人生を全うするには罪を背負わざるを得ない。大切なのは周囲を思いやる慈愛の精神を持ち続けることである。
頑なに拒み殉教するのも道。背教という罪を背負い生きてその罪を償うのも道。大切なのは慈愛の精神を持ち続けること。それがキリスト教の真髄であり、世界三大宗教たる所以なのだと私は思う。
鎖国下の日本に密入国、禁教下に外国人のキリスト教司祭。捕まれば即刻死刑のはずなのに、
知識や情報を得る利用価値、宣教師を背教されたという宣伝効果。現状日本の支配体制の下で、ロドリゴ司祭を殉教させず、背教させた奉行井上筑後守にも、私は慈愛の精神を感じています。
*遠藤周作もキリスト教徒だからかな。
この小説の刊行後に物議を醸したという踏み絵がロドリゴ司祭を語りかけた言葉『踏むがいい。お前の足の痛みはこの私が一番よく知っている』
無宗教だからという理由ではなく、私には自然に、むしろ普通に感じられましたけどね。
⭐三島由紀夫『金閣寺』2026年4月1日
一生に一度は読むべき本と題して、
今回で4冊目となります。ここまで読んできて名作の傾向が見えてきました。それは…
ツカミはあるけれど(雪国の冒頭とか)序盤は我慢して読むしかない。でもどの名作も中盤に入った辺りから惹き込まれていく傾向にあります。
*夏目漱石『こころ』は先生の奥さんが登場して会話が多くなる辺りから。遠藤周作『沈黙』はロドリゴ司祭が囚われの身になった辺りですね。
金閣寺では、主人公の溝口少年が米兵の娼婦のお腹を踏んだシーン(米兵が踏めと命令)娼婦は流産したと慰謝料を住職に請求したが、住職は主人公に何も言わなかったというエピソードでした。
えっ!これは… うん、面白くなりそうだ。
主人公の溝口青年は金閣寺を放火する。歴史的大事件の犯人である。奇人変人の類の人間である。
だけど前半部を読んだ段階では、
さほど変り者ではない。吃りという発育障害があるのと、イジメ体験や内向的性格以外は普通の青年に思った。自分の外見に自信なしも、美しい女性への憧れにしても、普通の範囲内である。
友人もいて孤独ではない。頭もそれなりに良いし、真面目でそれなりの青春を楽しんでいる。
僧侶だった父親は亡くなった。でも父の旧友である鹿苑寺の住職には、それなりに期待されている。将来は安泰だ。むしろ羨ましい感じである。
ところが上述の娼婦を金閣の庭で踏んだ出来事、寝食を共にした爽やか系の友人である鶴川の急死、悪友系の小柏の影響、女性との数々の挫折を経て、少しづつ普通の青年溝口は変貌していく。
P193 乳房が金閣寺に変貌したのである?
P197 後に死刑になる人は、日頃見ている電柱や踏切に刑架の幻をえがいて親しんでいる?
P199 私が女と人生への挫折。諦めずに何度となく悪友の手引きでトライするも失敗。女と私の間、人生と私の間に金閣寺が立ちあらわれるから?
P200 蜜蜂を惹き寄せる美しい菊の生の輝き、同様に私と生の間には金閣寺が現れる?
P202 永遠の絶対的な金閣、金閣だけは形態を保持し美を占有し、他は砂塵に帰してしまう?
何だかよく分からない正直普通ではない、青年の感覚や思いを表した部分を羅列してみる。
どう思っても変です。もしかして元々…?
先ほど『変貌していく』と書いたが、そうではない気がする。最終的に青年は金閣寺を放火する。
その運命に生まれ、その運命のため金閣寺への執着心が消えない。吃りの劣等感、女性への苦手意識、恩義ある住職との確執、周囲からの孤立…
なぜこうなるのだろうか?なぜ自分はこうなのか?下手でダメなのか?普通に生きられないのか?不幸なのか?なぜ金閣寺は頭に執着し近くにあるのか?自分を覆う状況を金閣寺に結びつけるのか?
金閣寺を焼くしかない。それが自分の運命であり使命であり、この世に生まれた証なのだ。
自分の運命を理解し、運命からは逃れられないことを悟り、歴史的蛮行に及んでしまった。
読み終えてそんな感想を持ちました。
もちろん実際にあった金閣寺放火事件を題材にした小説なので、犯人の青年像は、著者の三島由紀夫のさじ加減*になる。その感想は当然でしょう。
*放火犯はなぜ放火したのか?から考えての、金閣寺=美の象徴、自己の醜さ、女性への挫折で方程式を作った三島由紀夫の犯人像の解答式。
運命なんてあり得ない。まして金閣寺は焼失する運命だったなんて、考えてはいけないだろう。
でも私は最近こう思うことがあります。しょうがないとか、なるようにしかならないとか、
そう考えると気が楽になる。人生は変えられないかもしれない。自分の人生とはどんなものか?
追い詰められた状況で何気に思う。
小柏に金を借り寺を無断で飛び出し滞在した宿で、溝口青年は金閣寺を焼くしかないと思った。
私は4年の引きこもり生活をした。その時何気にこう思った。納得のできる人生を送りたいと、
それが私の運命ならうれしいなと社会復帰できた。そして今… 全然納得なんかしていない。
あの日思った運命を信じて頑張ろう。
*読み終えるのに2か月もかかった。全体的に暗いしごちゃごちゃ余計な描写が多いし…