収録文章

気になる一手  05年12月20日
将棋界のバンビーノの呪い  06年1月13日
かんきつ類だから?  06年2月6日

気になる一手
2005年12月20日記載

⭐2005年初版
⭐2022年1月改訂1
⭐2023年1月改訂2

私は2年程前から将棋に興味を持ち、テレビ対局を観るようになりました。でも将棋は1度も指したことがありません。

『将棋=遊び』というイメージがあり、遊びなのに、将棋の定石を覚えたりと、勉強する気になれなかったからです。もちろんルールぐらいは知ってます。

最近そんな私も、将棋盤と将棋の入門書を購入して将棋を勉強し始めたのですが、あるテレビ対局が気になりました。

そのテレビ対局とは第12期銀河戦決勝の羽生ー谷川戦です。

*当時の文面をそのまま記載しています。
『将棋=遊び』の部分よく分かりません。また今は将棋は全くしていません。
2022年1月10日記載

さて将棋の勉強を始めよう!と、パソコンの前に将棋盤を置いて、その銀河戦決勝の棋譜を並べていたときです。

「将棋始めたのか」父が声をかけました。
「ん~まーね」と答えつつマウスをクリックしていると、横で見ていた父が、
「ほ~…すごい手だな」と言いました。

それは『45手目2四桂』でした。

「え!何で分かるの?」将棋をほとんど知らない私は父に解説と頼みました。父の解説を聞いているうちに私はこの対局を見ていた時のことを思い出しました。

私が将棋の勉強を始めるにあたり、まずこの一局の棋譜を並べようとしたのは、

『羽生善治と谷川浩司』
将棋を知らなかった私でも知っていた大棋士のテレビ対局だったからです。

この対局の解説は、佐藤康光 棋聖(当時)
聞き手は、矢内理恵子 女流三段(当時)
羽生善治 王位王座(当時)はスーツ姿
谷川浩司 棋王(当時)は和服姿

将棋のプロ棋士は、タイトル戦や公開対局では和服姿になりますが、普段はスーツ姿で対局。決勝戦でも同様です。

「谷川棋王は気合が入っている、直前に失冠した王位戦のつもりなんだろう」
と思いワクワクしました。

戦形は一手損角替わり。直前の王位戦第5局と同じ戦型、先後も同じ。

谷川浩司『王位戦の続きをやろう』
羽生善治『そうですか… 分かりました』

周りの目など気にせず負けた悔しさを全面に出す谷川浩司。相手の気持ちを理解し逃げなかった羽生善治。

将棋ファンを惹きつける将棋界の『ゴールデンカード』の『ゴールデンカード』たる所以だろう」と思いました。

さて対局は進み、先手羽生二冠45手目2四桂を指した(打った)場面、
「分からないけど『すごい一手』だ」
とテレビ越しに私は感じました。

なぜ私がそう感じたか?
羽生二冠の着手が乱れていたからです。

銀河戦やNHK杯など早指し棋戦では強い棋士ほど着手は冷静沈着で乱れない。強くない棋士は勝つ時にも乱れる。A級クラスは勝つ時は乱れないが負ける時は乱れる。

だけど『羽生善治と谷川浩司』
将棋に興味のなかった私でも知っていた大棋士が早指し戦のテレビ対局で着手が乱れたのを私は見たことがありません。

その羽生二冠の着手が乱れたので、すごい一手だと思ったのです。

*銀河戦は再放送があります。
この文章を書いた後に、再放送を観ましたが、着手は乱れていませんでした。だから私の勘違いです。当時の私は引きこもり中。ちょっと変だったのだと思います。
2022年1月10日記載
*ただ最初の観戦で、この一手が指された瞬間に、なぜかドキドキして『すごい一手だ』と感じたことを今でも覚えています。
2022年1月10日記載
*原文は『着手は乱れていた』として話を展開しています。それは勘違いです。本当は『着手は乱れていない』のです。
2022年1月10日記載

*でもそれはただの勘違いではなく『勘違いさせた』のかもしれません。それがこの話のエッセンスとなります。
2023年1月3日記載
*原文は何を書いているのか?書いた私自身も分かりませんでした。何度も読んでやっと書いた本人が理解できました。
2023年1月3日記載
*それらを踏まえて、原文を元に、話として成立するように、編集したいと思います。
2023年1月3日記載

さて話を最初の下りに戻します。
父親が45手目2四桂『すごい一手』だと思った理由の説明です。

父親は将棋の棋力は自称1級。子供の頃や若い頃に、将棋を多少かじった程度。特に熱心ではありません。

父の解説より、
「同歩だと同歩で後手が歩切れで2二歩と受けられない。後手に歩があれば2二歩と受けてなんでもない」とのこと。

その後父は気になることを言います。
「羽生は数手前から2四桂を指すと決めていたのだ」と…

「28手目6五桂で銀桂交換になり、先手は駒損となる。先手はその桂馬を使って損を取り戻し、優勢になる手を考える。将棋を多少していれば分かること」

父はさらに続けて、
「だけどワシには2四桂は思いつかない。すぐに使うなら8三桂とか… 下手な手だろうが、もしくはおだやかに6八金右とか。2四歩は… さすがは羽生だな」

将棋の強い人なら、父の棋力の程度が分かるかもしれません。それはともかく…
この決勝戦を見ていない自称1級の父が、この対局の棋譜を数手見ただけで『すごい一手』だとすぐに思ったというわけです。

実際にこの一手は、
プロ棋士が見ても普通の一手ではないらしく、テレビではこんな感じでした。

佐藤棋聖「これは非常手段ですね」
と驚きの声。さらに感想戦では、
羽生善治「非常手段的な手ですが…」
谷川浩司「指されてみると…」

プロ棋士が言う非常手段とは、
プロ棋士ならすぐに浮かぶ本手や本筋と呼ばれる手ではなく、プロ棋士でも気付きにくい驚きの一手ではないかと思います。

劣勢の時に局面を複雑化し、相手のミスを誘う類いの幻惑の一手。形勢を一気に好転させる妙手の類いの一手。こんなイメージでしょうか。よく分かりません。

図書館で将棋世界2004年11月号を借りて読んでみました。すると、
『45手目2四桂』
この一手が決勝戦一番のハイライトシーンとして記載されていました。

将棋世界の解説より、
後手の谷川棋王 38手目6五銀の場面
「9三香くらいが普通かと思ったが、1度やってみたかった」

感想戦での「指されてみると… 」の後は多分「いい手だな… 」だから、銀桂交換後の2四桂は全く頭になかったことになる。

羽生二冠の発言は不記載。
でもこの手を発見した時『すごい一手』だと直感して着手が乱れてしまった... そういう気がしました。

*着手は乱れていません。
2022年1月10日記載

今まで述べたことをふまえて、私がなぜこの対局のこの一手が気になったか?

私がこの対局を観戦。この手を指した羽生二冠の着手が乱れていたこと。すぐに『すごい一手』だと直感して思ったこと。

*実際は乱れていない。でも乱れたと勘違いさせる何かがあった?
2023年1月3日記載

アマチュアの父が棋譜を見てすぐに、
『すごい一手』だと言う。さらに、
「数手前から2四桂を指すと決めていた」と言ったことです。

私は父に着手が乱れていたと伝えて、
「羽生二冠は『すごい一手』だと直感して着手が乱れてしまったのだと思うよ」
と私が聞くと父は、
「自分の考えている間は相手も考えている。だから相手が考える時間を与えないために、早く指したんだ」と答えました。

並の棋士なら理解できるが、
私の知る限り『羽生善治と谷川浩司』が駒を着手を乱す場面を見たことがない。まして父の話すセコい意図などありえない。

また羽生善治が、この手を指すことを決めていたしたらいつも通りに、キッチリと着手するはずだと私は思います。だから父の説明がどうしても納得できないのです。

私は羽生善治をしても『すごい一手』だと直感して着手が乱れてしまったのだと思います。

もしかしたら思いついた瞬間、
どこに何の駒を差すのかも頭で理解しないで、手が勝手に動いた… そんな感じもしました。

*そう勘違いさせたのは何なのか?『乱れた』という勘違いと『すごい一手』も勘違い?
2023年1月3日記載

でもここで父の見解が頭を過る。
この対局の44手目までの局面を見て、銀桂交換で駒損した先手が、いつどこでかは分からないが、桂馬で局面を好転させる一手を狙っていることは父でも分かっていた。

そして『45手目2四桂』を見た父はすぐにすごい一手だと思った。

プロ棋士の将棋の実力はとてつもない。
父でもすごい一手だとすぐに気付く2四桂を、なぜ羽生善治はすぐに発見できず、発見した時に思わず着手が乱れてしまったのか?

44手目までの棋譜を見て、他のプロ棋士はこの一手をすぐに発見できないのか?私は疑問に思うようになりました。

『45手目2四桂』は本当に『すごい一手』なのだろうか?と… 何だかおかしいな?

仮に先入観なく、44手目までの棋譜を見た他のプロ棋士が『45手目2四桂』をさほど苦労せずに発見できるとしたら...

4日前の王位戦でタイトルを失冠。和服姿にて登場。雪辱の気迫を魅せつけた谷川浩二。その谷川浩司から王位を奪取した羽生善治。

将棋界のゴールデンカード。スーパースター同士のテレビ棋戦 第12期銀河戦決勝。

そのものすごい雰囲気が、
プロ棋士、一般の将棋ファン、そして私のような素人同然の将棋ファン...

『将棋』に関心のある全ての人に
『45手目2四桂』をプロ棋士なら発見するのに『さほどでも一手』を『指した羽生善治』そして『指させた谷川浩司』にも『すごい一手』だと思わせたのではないか?
と思うようになりました。

*……訳が分からん… 2022年1月10日記載

*谷川浩司と羽生善治と二人の状況が、さほどでもない一手をすごい一手だとに思わせた。勘違いさせたという話。2023年1月3日記載

もしかしたら『45手目2四桂』は『とてつもない一手』なのかもしれません。

*ここでは雰囲気が創り出した幻想として、45手目2四桂をすごい一手とだと勘違いさせたとしました。非常手段の一手だし…
2023年1月3日記載

*将棋の『すごい一手』とは、
プロ棋士を含めて、将棋にほんの少しでも関心のある全ての人が『すごい一手』だと思う一手だと定義したいと思います。
2023年1月4日記載

*有名な『すごい一手』として、
羽生善治(現九段)のNHK杯での 『4ニ銀』
谷川浩司(現九段)の竜王戦での 『7七桂』
森内俊之(現九段)の名人戦での 『4八金』
中原誠16世名人の名人戦での『5七銀』
のような…
全て中終盤にて、ただで駒を取られる一手。でも局面を決定づける一手である。
2023年1月4日記載

*この文章を書いた当時もそのことを表現したいと思いながら書いた記憶があります。
2023年1月4日記載

Amebaブログに投稿

将棋界のバンビーノの呪い
2006年1月13日記載

⭐2006年初版
⭐2022年1月改訂1
⭐2023年1月改訂2

『バンビーノの呪い』というメジャーリーグの逸話をご存知でしょうか?

ボストン・レッドソックスが1918年を最後に、86年間も世界一になれなかったのは、1919年にベ―ブ・ルースが、レッドソックスからヤンキースに金銭トレードされたことが原因というお話。

逆にヤンキースは、ベーブ・ルースの活躍で黄金時代を築きました。

バンビーノとは男の子という意味で、童顔だったベ―ブ・ルースの愛称です。

*ついでにベ―ブも同様の愛称。

将棋の話をしましょう。
将棋の歴代名人の中で、最も苦労した棋士と言えば、米長邦雄永世棋聖が有名です。

1976年の初挑戦から6回挑戦も失敗。7度目の挑戦で1993年に、名人になられたことは、将棋ファンなら誰でも知る話です。
(49歳11ヶ月最年長名人)

米長永世棋聖が名人になるのに苦労したのは、同時代に中原誠永世十段、そして1983年に21歳で最年少名人となった谷川浩二九段の存在が、大きな壁になったからだと思います。

でも私は別の視点から考えてみました。

去年の今頃だったと思います。
NHKのBS2で神吉宏充六段司会の将棋の番組があり、いろいろと将棋に関する企画満載で楽しく拝見しました。

神吉六段云わく、
「この番組のコンセプトは『将棋のプロ棋士を困らせたい』です。私も一応プロなんだけどね」

という言葉が印象的でした。

米長永世棋聖も『初代はさみ将棋王』として番組に出演されていました。

その米長永世棋聖登場の後、
プロ棋士の公式戦での反則例を紹介するコーナーがあり、米長永世棋聖が『二歩』をしたことを知り、びっくりしました。

それも1973年のこと。この時米長永世棋聖はA級3年目。初タイトルの棋聖位を獲得した年だったからです。

神吉六段も二歩をしたことがあるそうで、少し前神吉六段が、CSの囲碁将棋チャンネルの『将棋まるごと90分』という番組で、

谷川九段に「どうして反則しないのか?」
と聞いたら「プロですから」と一喝されていたことを思いだして、

神吉六段が米長永世棋聖にこの話をしないかな?とハラハラしていたのを覚えています。そんなことするわけないですけど。

ここで私はふと思いました。

もしかしたらこの二歩が、米長永世棋聖が名人になるのに苦労した原因かもしれないと…

もし『将棋の神様』がいたとして、
タイトル獲得19期、四冠王にもなられ実力は十分名人。だけれど、二歩をした者を将棋の名人にはさせられないと思ったのではないか?なんて思ってしまいました。

つまり米長永世棋聖が、名人になるのに苦労したのは、同時代のライバル中原誠永世十段や谷川浩司九段の存在のためではなく、二歩の反則を犯したからというわけです。

しかし将棋の神様も無慈悲ではなく、
なかなか名人になれずに苦労していた米長永世棋聖を見ていて、その罪を許し、二歩をしてしまってから20年後の1993年に、名人になることを許したのかもしれません。

これぞ『将棋界のバンビーノの呪い』
ならぬ『将棋界の二歩の呪い』なんてね。

この話をもし米長永世棋聖がお気に入りになって頂ければ、自伝『米長邦雄の本』の中に加えて頂ければと思います。

……なわけないか!

それにしても『二歩をしたから20年』将棋の神様はダジャレがお好きなのでしょうか。

かんきつ類だから?
2006年2月6日記載

⭐2006年初版
⭐2022年1月改訂1
⭐2023年1月改訂2

私が神吉宏充六段を知ったのは2年前。
当時囲碁将棋チャンネルで銀河戦の何年か前の対局が放送されており、神吉六段が解説者として出演されていました。とにかく
「なんだこりゃ!」
というのが最初の印象でした。

あまりにもド派手な衣装にでかい図体。威圧感のある笑いのセンス。豪快な人柄。
私は対局の内容そっちのけで、神吉六段をずっと見ることにしました。
「なんだこの人?」

まず目についたのは衣装でした。
確か… オレンジのスーツに黄色のワイシャツに白のネクタイか… だかなんだかだと思いました。あれっ!逆だったかな?
「なぜこんな派手な服を着ているのか。目立ちたいにしてもほどがある」

神吉六段は面白いことを言う。対局者の棋士の白いスーツ姿を見て「派手ですね~」
聞き手の女流棋士の方はきちんとしなければならないと思ったのか?必死に笑うのをこらえているように思えました。

女流棋士の方は神吉六段を見ながら、顔は引きつり、ずっと半笑い状態でした。
私は「頑張ってるな~」と思っていました。
しかし限界が来たのでしょうか?

神吉六段は面白いことを言いますが、普通にまともに解説もします。そのまともな解説の後、画面は対局室に切り替わる。
5秒ほど静寂の後、「ダハハハハハ」
その聞き手の女流棋士の野太い笑い声が聞こえてきました。

目の前に、ド派手な服を着たドでかい図体の人がいる。その人は面白いことを言う。そこまでは何とか笑うのを耐えることができる。

でもそのとんでもない人は普通にまともなことを言い、そして口を閉じる。

フッと気が緩み、われに返る。
何となく前を見ると、ド派手な服を着たドでかい図体の人が、なぜか黙って私の目の前につっ立っている。

そう思った女流棋士の方は、もう笑うことを耐えることが、できなくなってしまったのではないしょうか?

そんなこんなで対局の内容そっちのけで楽しんでいるうちに、神吉六段がなぜあんなド派手な衣装を着ているかの理由が分かりました。

神吉六段は「なぜそんなオレンジや黄色のド派手な衣装を着ているのですか?」という質問に

「それは僕がかんきつ類だから」

と答えるがためだけに、あんな衣装を着ているのだと!そう思った瞬間
「この人はとてつもなくすごい人だ」と思わずにはいられませんでした。

*神吉はカンキと読む 

… すいません!冗談です!
私は神吉宏充六段のファンです。
どんな目上の人にもどんな大棋士にも、臆することなく豪快にガンガン責めていく。
見ていてすごく気分がよくなります。特に谷川浩二九段との絡みは最高です。これからの神吉六段の活躍を楽しみにしています。

さて、去年はアマチュアの瀬川昌二さんのプロ編入試験が話題になりました。
神吉六段はその第ニ局に登場。ピンクのド派手な衣装で対局にのぞみ、サービスで戦形を予告したためか負けてしまいました。

そのとき着ていたピンクの衣装。

あれは『桃色』ではなく『スモモ色』だと思います。カンキツ類?だから…

ここでいうスモモとは桃にスダチをかけたものである。無理矢理… カンキツ類だから

powered by crayon(クレヨン)