収録文章

📝平和の欠点  06年8月21日
📝日本で使う言葉  06年9月19日
📝一人でバスに乗る  06年10月1日
📝去年との比較  06年11月16日
📝仕事とは?  09年3月12日
📝イボ痔2  11年6月15日
📝アマノジャク  22年7月29日
📝プラスチック  24年3月2日

平和の欠点
2006年8月21日記載

平和とはいいものです。
8月は、広島と長崎への原爆投下や、終戦記念日など、戦争の悲惨さと平和の尊さを考えさせられる季節であります。

私は昭和47年生まれなので、
直接戦争のことを知りません。しかし私の父親は疎開の経験があったり、母方のおじいさんは、ビルマに出兵して大怪我をして生死をさまよったことがあるなど、身内のなかにも戦争でつらく苦しい経験をしています。

平和なことが一番良いであり、戦争は絶対にしてはいけないことである。これは誰しもが思う当たり前の認識です。

戦争はたくさんの人を苦しめます。その結果がどうなろうとも、最終的に誰も得をしません。

世界が平和であるために、私たちは努力をしなければなりません。

… と言っても私たちの中の私は、いったい何をすれば良いのでしょうか?さっぱり分かりません。どうしましょう。

…と、ここで挫折しては先に進みません。
平和に関する活動に参加したりなど、直接行動することが最もベストなのかもしれません。

しかし私はそういうことは、どうしてもできないのです。シャイだから。

そこで『平和』について考えてみました。
誰でも平和が一番だと思っているはずです。なのに戦争や争いが起こる。平和には、何か欠点があるはずだと考えました。

世界が平和であるために、私たちは努力をしなければならない。なぜでしょう。

人はたくさん集まると、争いごとを始めてしまいます。いろいろなことで。どちらが強いか?すごいのか?人気があるのか?頭がいいのか?

人はその優劣を決めたがるのではないか?決めるために争うことをする。

それが度を越えてしまうと、最悪の場合負けた人が自殺したり、国同士で戦争状態になったりするのではなかろうか?

その最悪の場合を回避するために、人々は努力して平和な秩序を保とうとする。

平和とは、争いを回避している状態である。しかし人はたくさん集まると、その優劣をはっきりするために比べたがり、争いたいと思う。

平和とは、争いを回避するために、人々に我慢をさせる状態である。

平和を保つために我慢をする。
みんな我慢をしている。だから君も我慢しなければならないよ!

ま~しょうがないか!
我慢するよ!みんなやってんだから…
う~ん… でも… 何ていうか… 退屈だな…

平和の欠点とは、
退屈なのではないか?と私は思います。

世界が平和であるために、私たちは努力をしなければなりません。

世界が平和であるとは退屈である。退屈って!つまんない。競いたい!争いたい!でも…

直接争ったり競ったりすると、激しく人を傷つけ痛めつけ、不幸にしてしまう。

だから直接的ではなく、間接的に争ったり、競ったりすれば、人を傷つけることもなく、不幸にすることもない。

間接的?だから…

平和の祭典?そうか!オリンピック。
国同士の争い?ワールドカップ。人が熱狂する?阪神巨人戦。レアルマドリード vs バルセロナ。

そうか!スポーツか!

国同士の争いを戦争ではなく、
スポーツに置き換えれは、退屈感を和らげることができる。なるほど!

う~ん… あれ!でもスポーツが苦手な人は?

人間は地球上唯一の知的生命体である。他の生命体より秀でているのは、頭が良いことだ!

100メートルの世界記録は9秒77。でもそこら辺にいる野良犬の方が早いよな。

走り高跳び世界記録2m45cm。
鳥人ブブカの6mジャンプ。でもアネハヅルはヒマラヤ山脈を越えていく。

世界最高のゴールキーパーと言えば、
イタリアのブフォン。でもゴール前にシロナガスクジラがいたら?

なんのこっちゃ…

頭の良し悪しを競いたい!争いたい!んっ!
てことは… 囲碁と将棋をすればいい?なるほど!

世界が平和であるために、私は囲碁と将棋をすることにします。エイエイオー!

ちょっとふざけた終わり方かな。

*この文章、実は私のお気に入りです。仕事が終わり車で帰宅途中に『平和の欠点』という題が頭に浮かんできたのです。

*いいなと思い、家に帰ってすぐパソコンで書き始めました。だけど… 書き始めた時は、

*平和の欠点とは何か分かりませんでした。書いてうちに勝手に出てきたのです。

*へ〜平和の欠点て退屈なんだ…
スラスラと1時間くらいで書き上げました。
(2022年2月1日記)

日本で使う言葉
2006年9月19日記載

ホームページを開設して半年になります。
以前は全くしなかった文章を書くようになって、そのおもしろさといろんなことを表現できる素晴らしさを感じています。

そして書くことが結構好きな自分に気づいている今日このごろであります。

最初は、囲碁と将棋のことについて書こうと思っていました。でも最近では、この短文が中心になっています。いろいろなことを自由に書けるからでしょうか?

さて『日本で使う言葉』という題名。
いろいろと文章を書いていくうちに『日本語』と言うよりも『日本で使う言葉』にはたくさんのバリエーションがあるんだなということを感じ、そのことを書いてみようというわけです。

日本で使う言葉には、漢字、ひらがな、カタカナが主に使われます。そして英語のカタカナ表記やアルファベット表記なども使われていて、何の違和感もありません。

新聞や本やテレビ、また町の看板などにも英語のカタカナやアルファベット表記がたくさん使われています。そして人が話す言葉にも、バンバン英語が飛び交います。

ある音楽番組にて、新人の若い女性歌手。
アメリカンスクールに通っているので、英語ペラペラ。トークにて「日本語より英語がナチュラルに話せるんです。日本語は苦手」と得意満面の笑み。そして歌は大半が何を言ってんだかさっぱり分からない英語の歌詞。アメリカでデビューしたら?と言いたいのは私だけ?

でも変だなとは思いますが、私にしてもさほど違和感がない。不思議な国だよな~日本は!

日本で使われる文字として、
一番初めに中国から漢字が伝わってきました。奈良時代には、漢字を日本語の当て字にした万葉仮名が登場します。

平安時代になると、漢字を簡略化して作ったひらがなやカタカナが登場し、日本独特の文字ができました。かな文字といいます。

主に女性の使う文字として発展し、
自分の考えや細やかな感情などをより良く表現できるので、日記や随筆、物語など優れた文学作品がたくさん書かれました。

宮中の女房として宮仕えした、清少納言の枕草子や紫式部の源氏物語が特に有名です。

さらに時代はくだり明治時代。
言文一致体という漢文調や古い文体から、普通に話している言葉で書いた小説が登場。優れた小説が多く書かれて、現在にいたっています。

とまあ、こんなところでしょうか?間違っていたらすいません。

さて、何が言いたいのか?
簡単に言うと、日本には最初文字がなく、中国から伝わった漢字をそのまま使い始めました。そして話す言葉、つまり日本語を表現するために、まず初めに万葉仮名。そこからひらがなとカタカナのかな文字を作り出します。

さらに文体も固くて形式的なものから、やわらかく自然な感じのものへ、文語調から口語調へ変化してきたという歴史です。

そして日本には、オリジナルの文字がなかったために、外国の言葉や文字を抵抗なく受け入れる風土みたいなものがあるのでしょうか?

特に英語は、文字や話し言葉に頻繁に使われています。よく考えてみれば不自然なのに、なぜか自然に感じてしまう不思議な国であり、人々なのではないでしょうか。

ここまでの文章の中でも『ホームページ』『トーク』『デビュー』『オリジナル』…

と英語をカタカナ表記で書いています。どうでしょうか?違和感ないでしょう。

このように、日本にはいろいろな種類の文字が使用されています。こういう国というのは世界的に珍しいのではないかと私は思うのです。

英語の文字としては、アルファベット26文字しかありません。フランス語やアラビア語やロシア語もそうだと思います。

もちろん多くの人種の集まっている国では、いろいろな言語が使われています。でもそれぞれは独立して使われていると思うのです。

たとえば英語で書かれた文章に、ギリシャ語やドイツ語の文字が書かれてあったとしても、それぞれは独立しています。

日本はほぼ単一民族であり、言葉も日本語しかありません。なのにその日本語を表す文字は、漢字とひらがなにカタカナと3種類。

… にプラスして、英語のカタカナ表記やアルファベットが突然登場しても、別に不思議に感じません。歌の歌詞なんて正にそうです。

さらに漢字を多くすることで硬い文章に、少なくするとやわらかいな文章に感じさせたり…

漢字表記が普通の部分を、あえてカタカナやひらがなで書いてみたり、ひらがなの部分を漢字にしてみたり、日本語ではしっくりこないなと、意図して英語を使ったりと…

それぞれの文字体を、さまざまなバリエーションで書くことで、よりうまく表現できたり、遊び心たっぷりの文章にできたりと、書けば書くほどおもしろさが増していく感じがします。

最も完成された文字体と言えば、韓国のハングル文字だと言われています。

人の話す発音を記号化した文字で、日本で言うところではひらがなに似ています。

でも完成されているから、完璧過ぎるから、文章を書くにはおもしろさに欠けるのではないか?とも思うのです。

… って… 知らんけど…

漢字、ひらがな、カタカナ、英語表記など…
ひとつだけでなく、さまざまな表記法があり、それらを組み合わせて書くことができる。

日本で使う文字で書く文章は、
一つの文字体で書く他国の文章よりも、おもしろいのではないでしょうか?

… この文章は… 自信ないな…

一人でバスに乗る
2006年10月1日記載

一人でバスに乗る。ただそれだけである。
でも小学生の3、4年生だった私にとっては大冒険でした。

外耳炎になった私は、近くの耳鼻科に通院していたのですが、なかなか直らない。そこで徳島市内の別の病院に行くことになりました。

両親は用事があるため、一人でバスに乗って病院に行くということになったわけです。

地図を書いてもらい、病院ではどうすればいいのかなどいろいろと母親から教わり、緊張しつつ出発しました。

バスに乗るのは初めてではなかったのですが、一人で乗るとなると、全てのものが今までとは違って見えてしまいます。

なんだかこわい。ドキドキした思い。今でもはっきり覚えています。

バスの中では、とにかく料金表とプッシュボタンを交互に見ながら座っていました。

「子供は半分だから… 今は230円。だから…
 115円。だから…120円か」
「ん~とどくな。だけど…いつ押せばいいんだ
 ろう。アナウンスがあった後?…だれか押し
 てくれればいいのにな」

無事バスを下車。書いてもらった地図を見ながら病院へ行きました。無事に診察は終わり。再びバスに乗ります。

今まで使っていた薬は古くて、これではなかなか直るわけがないとのことでした。帰りはもっと緊張しました。バスの料金のことです。

当時バス料金はキッチリ払う必要があります。バス内には両替機があったのですが…

両替機をどうしても使いたくない。やり方がわからないから。聞くのもこわいし😣😣

行きは小銭を多めに持っていたので、気になりませんでしたが、病院の診察料を払ったためキッチリ払えるかどうか不安になったのです。

「両替機で手間どって、ほかの人に迷惑かけな
 いかな~あ~やだやだ… 」

財布の中の小銭を何度も確認します。
行きの料金は180円。なので、帰りも同じ… か?どうかわからない。

バス停は行きと帰りでは道路をはさんで反対側にあるからです。180円はある。でも190円だったらどうしよう🤔🤔

そこで念のため10円足して、右手の掌には190円を握りしめて、前の料金表を食い入るように見続けていました。

財布の中をみて200円から290円でも大丈夫なのをチェックする。

どうしてもこわいんです。両替機を使うのは🥺🥺入念に準備して、また料金の計算です。

「え~と… だから… か」

降りる一つ前のバス停で、料金は360円… なので料金はその半額で180円。

バスが出発。つぎの自分の降りるバス停のアナウンス。料金表は変わらず。

「よし!ふ~」

プッシュボタンをすぐに押す余裕。行きでは誰か押してくれないかなと待っていたのです。押してくれてホッとしました。

目的のバス亭に到着。
私は満足感にひたります。やりとげた。がんばった。バスの通路をどうどうと歩いていきます。

もうバスなんてこわいなんて~言わないよ!ぜえっ~たいぃ~♪♪  あっ!発売前か

ジャラジャラ~料金を払います。
「ありがとうございます」と運転手。
「おう!また乗ってやるよ」と心の中で。
出口のステップから下りてすぐ、

「あっ!190円払ってしまった」

後ろをふりむくも時すでにおそし。トビラは閉まりバスはゆっくり出発しました。

「まあいいか…10円ぐらい… ん… あ~あ」

去年との比較
2006年11月16日記載

私は現在34歳で独身。今年の7月から木工家具職人を目指して修行中。貯金20万円。安月給で木工所で働いている。

これが現在の私の状態である。世間一般で考えると何ともパッとしないダメな男だ。

大学を卒業して就職した最初の会社で、ずっと働いていれば… とよく思う。

多分ある程度責任ある仕事を任されて…
結婚もして家庭を持つという普通の人生を歩んでいたのかなと考えると、何とも虚しい気持ちになることもあります。

なぜ普通の人生を送れなかったのか?
なぜ4年間も引きこもっていたのか?

落ち込みます。
でもそういう時、こう思うようにしています。

去年の今頃に比べたらと…

このままではダメだ。もう一度やり直そう!と思ったのが去年の12月。

その去年の今頃に比べたら、今は比較にならないくらい良い状態です。

社会復帰した最初の頃は、人と話すだけでも怖くてしんどい思いも経験しました。なかなか上手くいかず、何度も仕事を変わりました。

でも最近では、段々と人と話すのが楽しくなってくる自分に気づいてきました。

言いたいことを言えるようになりました。
誰と話しても緊張することはありません。
木工職人になるという目標ができました。
数人ですが、友人も新たにできました。

何があっても前向きに。
無理をせず自然に、今できることをする。
1年前の自分より、今の自分。
一歩一歩着実に成長している自分。

来年の今頃もそう思えるように、納得できる人生を歩んでいきたいと思います。

仕事とは?
2009年3月12日記載

仕事とはどういうものなのでしょうか?
去年の4月に、徳島県若年者就職サポートセンターでカウンセリングを受けました。

その頃は目指していた木工家具職人を諦めて、介護職に就こうとホームヘルパー2級の講座を受けていました。しかし

どうも向いていないような気がしたので、どういう仕事をしたらいいのか分からなくなり、カウンセリングを受けることにしたのです。

カウンセラーの方から、
「仕事ってどういうものですか?」
と質問されました。その時に、そういえば今まで仕事について、深く考えたことがなかったことに気がつきました。

その場で思いつき出した答えが、いいなと思ったので、ホームページで書きたいと思います。

仕事は自分がしたいことをする。
したくないことはしたくないから。でもそのしたいことが得意なことだったら、すぐできるようになって、飽きてしまう。

だからその仕事は続かない。

したいことでも苦手なことなら、なかなか上達しない。失敗もする。でもしたいことだから、その仕事を続けることができる。

まとめると、
『仕事とは、自分のしたいことで、一番苦手なことをすることである』

私は仕事がなかなか続かないという視点で答えたのですが、少し考えただけでも、仕事の本質を捉えている気がします。

私はこのフレーズ気に入っていて、いつも頭の片隅に置いています。

イボ痔2
2011年6月15日記載

5年ほど前に短文『イボ痔』で、
イボ痔の苦しみを紹介しました。これはその続編であり、完結編であります。

今年の3月18日に、10年以上苦しめられてきたイボ痔の手術をしました。それから3ヶ月。以前の苦しみがまるでウソだったかのような、快適な排便生活を送っています。

時々あったイボ痔の症状。
市販の薬で何とか治まってはいました。ところがこの半年ほど血が出るのです。肛門から…

一杯出る。シャーっと。
便器が真っ赤になる。膨れて痛くなる。ボラギノールを塗ってなんとかなる。次第に悪化。ついに病院に行くことになった。

「どうし放っといたのか」と、医師に言われて即刻手術することになりました。

ところで、肛門科の病院の待合室には、独特の雰囲気があります。

みんな少し下を向き静かに座っている。よくある普通の待合室の光景。でも、

ここにいる全員肛門が悪くて来ている。
何となく縮こまって、恥ずかしそうにしている風に見えてしまう。若いお姉ちゃんもいる。とてもとても恥ずかしそう。

イボ痔の診察はとても恥ずかしい。
カーテンで仕切った小さな部屋でお尻丸出し。筒状の器具をアソコに突っ込んで幹部を観る。これがホントに痛い。

「イテッテッテ」思わず声が出る。
診察が終わっても痛みが惹くまでしばし我慢。動けない。私は特にそうだったのか?手術当日看護師さんが、私のことを医師に「痛がってた人です」と紹介していました。

イボ痔の手術。昔は大変で完治するまでかなりの入院期間が必要でした。

でも最近は幹部を注射をするだけ。
時間は30分。痛みもほぼなく、入院も2日とかなり楽になっています。ただし、

薬で幹部を固めて小さくするだけなので、
完治とはならず再発することもある。でも近年の医療技術の進歩に感謝です。

術後当日の夜には久方ぶりの普通の排便。
涙が出るほど嬉しかった。毎日のありふれた普段は特に気にもしないことなのに…

身体が健全であることに感謝感激です。

*6年後に再発し手術。現在に至っています。2度目となると通路が細くなり快適な排便とはいかなくなりました。

*それ以外にも何かと身体の変化が気になる年齢です。 いやそこまでではないか。でもさすがに無茶苦茶はもうやめよう。  2022年8月2日記

アマノジャク
2022年7月29日記載

アマノジャクに生きる。

なかなかカッコいい気がしました。引きこもりから社会復帰する時に何となく思ったことです。

一度は諦めた人生。
どうせなら変わった生き方をしようと…

普通に生きていくのだろうな。
20代の頃の私は思っていました。特別な才能もないし、夢も希望も特にない。具体的にしたいこともありませんでした。

ならば普通に生きるしかない。
理科系の大学を卒業したのだから、ソレ系の会社に就職して、仕事もプライベートもそれなりに普通に頑張っていく。

そして可もなく不可もなくの人生を歩む。でもなぜかできなかった。

こうすれば普通、ああすれば普通。
頭では分かっている。でもできない。なぜか身体が拒否してしまう。分からない。

どうしても身体が拒否してしまう。
周りの人と同じことをすることがつまらないと判断して、拒否してしまうのである。

例えばある場面にて、こう言えばいいと頭に言葉が浮かぶ。喉までその言葉が来る。でもどうしても声には変わらない。

なんて勇気がないのだろう…
20代の頃はいつもそう思っていて、一人で悩み苦しんでいた。

なぜ苦しいのか?
友人との楽しい思い出もある。それなりに頑張って仕事もしていた。なぜ悩んでいるのか?

そうか!身体が拒否していたこと。
その事実をそのまま受け入れればいいのだ。

今ならハッキリと実感している。
私は変でもないしダメでもない。情けない訳でもないし勇気がない訳でもない。私は私の身体に宿る自己に従い生きていたのである。

当時は分からなかった。
普通のことがしたい。周りと同じように…

普通をしなければならない。
でもできない。なぜなのか?苦しい… 情けない。当時は心底そう思っていた。

こうしていれば… と思ったこと。

引きこもり後社会復帰してたまに、
当時の後悔したことを思い出しては、もしこうしていたら… とシュミレーション。

う〜ん… イマイチ。
あれ!もしかして… 逆によかったのかな?

アマノジャクに生きていく。
なぜかカッコいいなと思ってしまう。私の身体に宿る一番お似合いの生き方なのである。

プラスチック
2024年3月2日

*ブログにて19回に分けて書いたものを、編集してまとめました。長いけれど内容の方はあまり自信はありません。

⭐PART①

プラスチックば便利なものである。
軽くて加工しやすい。広く利用されて… 部屋を見渡せばプラスチックだらけだな。

物の原料を考えてみる。
昔は、建物や紙は木材、布は草、陶器や瓦などは岩石や土、クワや刀は鉄や銅など金属、他には動物の革も使うか…

つまり昔の物の原料は、
植物、岩石、金属、動物系。他は… ないな。

では現在ではどうだろうか?
植物、動物、岩石系はあまり変わらない。金属系は量も種類もかなり増えた。放射性物質なんて厄介なのもある。

新たに加わったのがプラスチックである。
石油や石炭などの化石燃料が原料で、その歴史は浅く発明されたのは100年程前。一般に普及したのは第二次世界大戦後です。

まずは安価で軽くて加工しやすい。
そして透明性に着色が容易。錆びたり腐食したりしない。硬くも柔らかくのもできる。良質の絶縁体である。大量生産できる… etc

とにかく利点が多いプラスチック。
ほとんどの『物』には、一部分であれプラスチックが使われている。ビニール袋や包装材に、服の合成繊維… 枚挙にいとまがない…

⭐PART②

さて… どうしましょう。

実は考えながら書いています。プラスチックについて、誰も思いつかない話はないかな…

とりあえずは普通に書いてみます。

現代社会において、欠かすことのできないプラスチック。知っての通り、利点ばかりではなく問題点もあります。それはゴミの問題です。

安価で大量生産でき、利便性も抜群の反面、
ペットボトルやビニールなど使い捨て用品に使用されて、大量のゴミに生み出してしまう。

プラスチックは燃やすと、温室効果ガスを発生してしまう。また優れた耐久性・安定性から分解されにくい利点が、ゴミとして捨てられた場合、逆にマイナスになる。

自然界に捨てられたプラスチックゴミは、
いつまでも残るため景観を損ねてしまう。ちなみに最近警備に行った竹林の伐採現場にて、プラスチックゴミが大量に捨てられていました。

勝浦川沿いの竹林の伐採現場。維持工事ということだから、増水時の対策でしょうか?

竹を伐採するとそこら中に、ビニールやペットボトルのゴミが出てくる。

集められたプラスチックゴミ。すごい量。タイヤなんかもある。交通量の割と多い田舎の道路沿いってことも要因でしょうか。

そしてマイクロプラスチックによる生物への悪影響が一番の問題になっています。

⭐PART③

プラスチックは分解されにくい。
また軽くて水に浮いてしまう。そして紫外線や外的作用により、細かく砕かれたプラスチックゴミは海に集まりやすい。

雨や外的作用により、山の岩が侵食し砕かれる。川によって運ばれる間に、石から砂となり海に流れ込む。そんな感じかな

海面を漂うマイクロプラスチックを、
プランクトンと間違えて、イワシなどの小魚が食べてしまう。それを食べる大型の魚、クジラなど全ての海洋生物に悪影響を与えてしまう。

生命にとってプラスチックは消化に適さず、
消化不全や胃潰瘍などを引き起こす。また有害物質が付着しやすいことにより、健康を害して、死に至らしめるのだそうである。

海面に漂うビニール袋をクラゲと間違えて、海ガメが食べて死んでしまうなんて例もある。

劣化はするが自然界において、
分子レベルでの分解は、されにくいプラスチックはどんどん溜まっていき、人間も含めて生命に悪影響を与えてしまうのです。

プラスチックゴミの問題は世界共通の認識。
世界各国でプラスチックの消費量削減策が行われている。また自然界で分解されるプラスチックの開発も進んでいる。

現代社会に欠かせないプラスチック。
抜群の利便性の反面、自然界に悪影響を与えてしまう。何事も一長一短はあるのである。

⭐PART④

さて… どうしましょう。
このまま普通に書いても… とここで、少し別目線が頭に浮かんできました。

なぜプラスチックが、自然界で生命に対して悪影響を与えてしまうのか?

プラスチックの原材料である石炭や石油。
燃やすと二酸化炭素や様々な有害物質を大気中に放出して、環境汚染や地球温暖化など悪影響を与えてしまう。

座礁したタンカーから流れ出た大量の原油が、海鳥や魚に深刻なダメージを与える。そんな映像を観たことがあります。

当然のようで、不思議に思う。

石油や石炭などの化石燃料は、元々過去の動物や植物の遺骸が地下や海底に閉じ込められ、悠久の時を経て変化したものだからです。

元々過去の動物や植物の遺骸。
それを地下から取り出して燃やしただけ。加工したプラスチック自体は毒性はない。

なのに体内に摂り入れるなどして、現在の地球上の生命に対して、様々な悪影響を与えてしまう。

そうそう… プラスチックは有機物。なのに自然界では分解されにくい。これも考えてみたら…

なぜでしょうか?不思議に思います。

⭐PART⑤

大昔のプランクトンや植物の遺骸。
だから腐っている。そんなもんを地下から掘り起こせば、生命に有害になるに決まっている。

それはそうだけど…

主に石油が原材料のプラスチック。かつてのプランクトンが悠久の時を経て、マイクロプラスチックとなり、捕食者に仕返しをしている?

これはさすがに変だな…
そもそも… 有害?じゃないよな…

やっぱりこう思う。化石燃料やプラスチックは、人類にとって大変有益な物である。エネルギー源として、便利な材料として。

石油や石炭など化石燃料は、腐ったのではなく熟成されたと言える。

味噌や醤油にお酢やみりん、漬け物に干物、ホンオフェにシュールストレミング、昆布や鰹節、ポートワインや古酒のように、

施し、閉じ込め、時を利用し、保存でき、かつ元より優れた飲食物に変化させる熟成。

熟成については有益以外浮かばない。
それを地下から掘り起こし、利用して何がいけないのかな… 現在化石燃料は大量に消費している。

何事も度を超えれば、バランスが崩れて何らかの影響は出る。それは分かるのですが…

⭐PART⑥

… あっ!そうか…
… いいかも… よっしゃ!書こう。

ここで自然界で、プラスチックが分解しにくい理由っぽいことを書いておきます。

プラスチックの原材料の化石燃料は、
元々自然の有機物。プラスチック自体も有機物。なのに自然界には相容れない存在。その不思議の答えは『熟成』だと思います。

熟成とは元々は保存食を作るための技法。
腐りにくく日保ちする食べ物を作る。だからプラスチックが自然界で分解しにくいのも、当たり前のことに思います。

実はこれって、書いていて思いつきました。
よく分からないけれど、何となくね… 的を得ている気がしませんか?

ふ〜😌もちろん不完全だけど…
は〜☺️何だかよく分からないけど…
ちょっとだけ肩の荷が下りた気がする😊

ここで一旦プラスチックは置いといて…
なぜ地球の地下には化石燃料があるのか?を考えてみることにします。

題名はとりあえずそのままで

⭐PART⑦

石炭や石油、天然ガスなどの化石燃料。
人類はそれらを地下から掘り起こし、エネルギーとして利用しています。

エネルギーは燃焼による熱や光のこと。
つまり燃えることがエネルギーを放出していることになります。

化石燃料に含まれている炭素や水素に、空気中の酸素を結合、二酸化炭素や水に変わる時にエネルギーを放出するというメカニズム。

*簡単に書きます。面倒くさいから…

化学式で記述すると、
C+O2→CO2+エネルギー
2H2+O2→2H2O+エネルギー

化石燃料は有機物。有機物が空気中の酸素と反応して燃えるということは、有機物がエネルギーを持っているということ。

化石燃料は大昔の植物や動物の遺骸。
それが地殻内に埋没。圧力や熱など様々な外的影響を受け、悠久の時間を経てできた物。

*説明が難しい… 端折って結論を書くと、

化石燃料とは『過去の地球上にあった、有り余るエネルギーを生物が吸収して、地下に閉じ込めた物であると考えられる』と言いたい!

⭐PART⑧

太古の昔、地球の大気の成分は、
生命にとって不都合なものでした。酸素はほとんどなく、二酸化炭素が大量にあった。ちなみに窒素はほぼ変化なし。

そこにシアノバクテリアが登場する。なぜ登場したかはわからない。

とにかく… そのシアノが、
太陽の光と大気中の二酸化炭素と水から、酸素を放出します。そして有機物つまり自分の身体を作り増殖していく。

これが植物の光合成です。化学式で書くと、
6CO2+6H2O+光→C6H12O6+6O2
(C6H12O6はデンプン、つまり有機物)

化学式を読み解いてみると、

⑴光合成とは、太陽のエネルギーを利用して、気体の炭素原子を固体化している。

⑵太陽のエネルギーは、有機物と酸素分子に蓄えられることになる。

動物は植物を食べて有機物の身体を作る。
エネルギーは呼吸して得た酸素と有機物を化学結合させてを得ることができる。

つまり大抵の動物にとって、大気中の二酸化炭素は特に役に立たない。エネルギーを搾り取ったカスのようなもの… かな?

*水に溶けた二酸化炭素は、貝殻の材料になったりと役に立つらしい。

⭐PART⑨

生命に満ち溢れている現在の地球上。
その大気の成分は二酸化炭素がほとんどなく、酸素が大量にある。(窒素が一番多い)

有機物と酸素に満ちた世界。(水も不可欠)
動物にとって都合良く、できた搾りカスの二酸化炭素は植物によりすぐに元に戻る。

大気に二酸化炭素を溜めない状態が、全ての生命にとって居心地の良い状態となります。

*難しい!間違ってるかも… もういいや!

… で、化石燃料との関係だ!

⑦の最後に書きました。
化石燃料とは『過去の地球上にあった、有り余るエネルギーを生物が吸収して、地下に閉じ込めた物であると考えられる』

悠久の時をかけて… わかんないな〜

… あ!わかった!これで簡単に書ける!

動物も植物も有機物ってことか!
生命にとって居心地の良い環境とは、有機物と酸素に満ちた世界に決まっているじゃん!

⭐PART➉

太古の昔、表面が冷えて固まった地球。
大地は無機物で、大気には二酸化炭素が充満していた。さらにもう一つ大気中の水蒸気が冷えて水となり海どなった。

その海で植物の先祖であるシアノバクテリアが登場して光合成を行い、大気中の二酸化炭素と水から酸素と有機物を作り出した。

光合成とは、二酸化炭素と水に太陽のエネルギーを与えて、炭素と水を固形化した有機物と酸素に変えることである。

少し言い方を変えると光合成とは、
二酸化炭素に水を加えて、有機物と酸素にして太陽のエネルギーを蓄えることである。

やがて地球上は、有機物と酸素に満たされ、動物が登場する。動物は有機物の身体を持ち、酸素からエネルギーを得る。

酸素からエネルギーを得るとは、
酸素と有機物の炭素を二酸化炭素に変える時に放出するエネルギーを利用すること。平たく言えば呼吸である。

現在の地球は生命の楽園となっている。
生命のうち動物とは動き回るが、ただの有機物の一部にすぎない。

⭐PART⑪

現在の有機物と酸素に満ちた地球環境を形作ったのは、生命のうち植物である。

植物は自分の身体を作るために、また自分たちの仲間を増やすために、大気中の二酸化炭素と水に太陽のエネルギーを利用した。

できた身体は有機物。余った酸素は放出。
結果としてその有機物と酸素には、エネルギーが蓄えられる。

有機物は増殖した植物に、そしてその死骸にどんどん蓄えられ、やがて地球上には大量の有機物に満たされる。

*死骸とは土のことだと思って書いた。

そのエネルギーは化学結合により放出する。
普段は安定していてエネルギーを持っているとは思えない。必要に応じて、もしくは特定の条件下で放出することができる。

例えば木材は燃やすと、
エネルギーと二酸化炭素を放出する。そして光合成により、エネルギーと二酸化炭素を再び木材に戻すという巡廻である。

⭐PART⑫

さらに二酸化炭素は温室効果ガスである。
大気の主成分である酸素や窒素と異なり、赤外線と反応する。調べてみたが…

よく分からなかった。多分こんな感じ。

太陽のエネルギーは、大気中のあらゆる分子の運動量を増やす。気体の動きが速くなる。つまり大気の温度が上昇する。

かつ温室効果ガスには、
太陽光の赤外線を吸収して、分子内の原子が振動してしまう。つまり熱を分子内にも蓄えてしまう性質がある。

窒素や酸素は、同種原子が2つ直線的に結合した分子なので分子振動が起らない。だから熱を分子内には吸収放出はしない。

一方で温室効果ガスである、
二酸化炭素や水蒸気に、メタン、一酸化窒素などは、分子構造が非対称性などの原因で、分子内で原子が振動しやすい。すなわち分子内にも熱を溜め込んでしまう。

つまり温室効果ガスは、
分子自体の運動に加えて、分子内での原子の振動するために、より多くの太陽の熱エネルギーを溜め込んでしまう。そのために、

大気中の温室効果ガスの量が多くなると、大気の温度がより高くなってしまう。

*という訳だ!と思って書いた。

⭐PART⑬

二酸化炭素などの温室効果ガスは、
大気中に熱エネルギーを蓄える。とも言えるが、太陽からのエネルギーを大気中に籠もらせていると考えてみる。

その二酸化炭素を大気から除いて、
酸素と固体の有機物で満たすこと。太陽からのエネルギーを、分子内に熱ではなく化学結合エネルギーとして蓄えること。

それは地球上を、混沌した世界から澄み切った世界に変えることである。

メリハリの効いた安定感。
地上は必要以上に熱くならず、見た目も爽やかなエネルギー満ち溢れた豊かな世界。

必要以上のエネルギーは、
大気に満ちた酸素と地上を覆い尽くす有機物の化学結合内に蓄えられる。

そこから必要な分だけのエネルギーを利用する生命に満ちた現在の地球。

お気付きでしょうか?
先程からずっと似たようなことを繰り返し書いている。何が言いたいかって?

理屈を思う。間違いない。
絶妙のバランスを思う。でも…
大宇宙には他にも必ずあるはずだ。
それでも… 地球は奇跡の星だってことです。

⭐PART⑭

… う〜ん。ここで終わりたかった。
でもできないな。なぜかって?このブログの題名がプラスチックだからです。

地球温暖化の原因である化石燃料の大量消費や開発による森林伐採などの環境破壊。

昨今の異常気象からして待ったナシ!

対して様々な政策や取組みに、発明や認識の共有が、グローバルに行われている。

特にヘルブスカイト太陽電池や深刻な温暖化への共通認識の浸透に期待したい。

でもそんなことまで書けないし、いつまで経ってもこの文章は終わらない。

最後にプラスチックとは何か?
それについて私の思い付きを書いて、終わりにしたいと思います。

結論から書くと、プラスチックとは、
宇宙で例えるならば、白色矮星や中性子星のような存在ではないか?となります。

はぁ~これも…
もう少し書かなければいけないな。

⭐PART⑮

プラスチックは有機物。
有機物とは、植物の光合成により、二酸化炭素と水に、エネルギーを挿入し作られた生命の元になる物質である。

なら植物はどうしてできたか?
もちろん私には分からない。科学者でもハッキリとは分かっていない。

有機物が生成されるメカニズムはある。
何らかの条件やキッカケで、光合成をする生命が誕生するのでしょう。

現実に地球上は有機物に満ちている。奇跡とか偶然という訳ではないのかも…

その生命が死んで、その一部は地下深くに海底に溜まっていく。そして地殻内部という特殊な環境下に閉じ込められる。

そこで悠久の時間をかけて、
圧力や地下熱の作用により、石炭や石油、天然ガスなどの化石燃料に変化する。

もちろん地表に溜まる有機物もある。
いずれにしても、大気中の二酸化炭素にこもってしまうエネルギーを固形化。地球上を澄み切った世界に変える役割を果たす。

しかしその二つには違いがある。
地下深くの特殊な環境下で、圧力や熱の作用を経てできた化石燃料は、再び地表に現れると、有機物ではあるけれど、地表の環境には相容れない物質となっている。

⭐PART⑯

この相容れない物質。
これが宇宙では、白色矮星や中性子星、そしてブラックホールに当る気がします。

元々は光り輝く恒星が、
寿命が尽きて爆発後、その中心部が、自らの重力により収縮してできた果ての姿。

宇宙に浮かぶ星としては同じ。
でも恒星や惑星、岩石にガスやチリとは明らかに異なる。死んではいないが、一生を終えて変化した亡骸とも云える。

しかし巨大な重力を有する。
特にブラックホールは周囲に、多大な影響を及ぼす。あらゆる天体を飲み込み膨大なエネルギーを吸収し続けている。云々…

遠い遠い永遠の未来には、
そんな天体だけになり、宇宙は光のない世界になってしまうのでしょうか?

話がよく分からなくなった…
リンクもあまりしてないかな… 失敗😁

⭐PART⑰

太古の地球の大気中に、充満していたエネルギーを固体化して取り除き、地球を澄み切った世界に変えた動植物の営み。

その過程で地下に閉じ込められ、
悠久の熟成を経た化石燃料を、人類が大量に掘り掘り出して利用している。

それは膨大なエネルギーを発生する。
またプラスチックという便利な物質を生み゙出す。人類にとって大変有益である。

その反面、現在の地上の環境には、
相容れない物質であり、温暖化やマイクロプラスチックなど、多大な悪影響を与えてしまうことの例えにしたかったのですが…

ふ〜そろそろ終わりにしたい。

何となく始めたこの話。
難しすぎて結論が分からず、同じことの繰り返しになって長くなってしまった。

現在では世界中で、脱炭素化の研究や実用化に取り組んでいるし、その倫理も構築されて、人々に浸透していくでしょう。

まだ道半ば。でも将来。できれば、
私が存命中に、その目的地がハッキリと見えることを願っています。

⭐PART⑱

私は大卒の理系出身。
でも現在はしがない警備員。マイクロプラスチックやエネルギーの脱炭素化などの問題に、直接何の関与もしていません。

できることは限られる。
普段の生活において、省エネやゴミの問題を意識して実践することくらい。

でも研究者の頑張りだけではダメで、
人類全体で意識することが大切で、それ以外に解決策はないと思います。

将来の明るい未来のために、私も微力ながら参加して協力していきます。

そう思った矢先のこと。
こりゃダメだ!というひどい惨状を目の当たりにして、思わず写真に収めました。

場所は徳島県南の山間の国道。
車の待避所のような所。金網越しにおぞましい光景が広がっている。

それを紹介して、長々続いたこの文章を終わりにしたいと思います。題して『世界で一番汚いクリスマスツリー』です。

⭐PART⑲

とりあえず写真をお見せします。

酷い惨状。詳しくは短文紹介の、

をご覧ください。

こんなことがなくなるように、私たち一人一人が意識して実践する必要があります。

実はこの文章を書くキッカケは、
太古の地球の大気に籠もるエネルギーを、固形の有機物として地表に蓄えたことが、地球を澄み切った、生命溢れる環境に変える原因なんだと思ったことにあります。

だから廃プラスチックの問題。
再利用するのはいいこと。でも地表に捨てられると環境に悪影響を及ぼしてしまう。

どうすればいいか?

プラスチックは有機物。
燃やすとエネルギーを開放してしまう。だったら地中深く埋めればいいかも?なんて浅はかな解決策を思いつき書き始めました。

でも書いているうちに、
いろいろと調べているうちに、ダメという訳ではないが、そんな簡単なもんじゃないと、お気楽な話ではと思い知りました。

廃プラスチックやエネルギー問題。
人類がこの難問を解決できると願いつつ、私も参加していきたいと思っています。

終わり

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