📝織田信長ちょんまげ説 08年1月3日
📝2番目が世界一の国? 08年1月5日
📝サヨリを釣る 09年4月5日
📝🗨️これでいいのだ🗨️ 09年6月26日
📝真面目に生きる 22年3月9日
📝〇〇のつもりで 22年11月1日
📝YouTuberがいた 22年11月12日
📝模様の作成者 23年6月23日
📝公共事業の減らし方 24年11月2日
📝吉野川源流ちょい前散策 25年6月2日
織田信長ちょんまげ説
2008年1月3日記載
⭐Prologue
私は歴史に結構興味があります。
特に日本史はなかなかのもので、小学校の頃から『漫画少年少女日本の歴史』を暇があっては読んでいました。歴史上の出来事の年号や歴史上の人物の生没年にかなり詳しいを自負しています。
最近は歴史ブームなのでしょうか?テレビで歴史を扱った番組が多い気がします。そこで歴史好きの私も何か書いてみたいと思い立ちました。
別に日本史の謎という訳はありません。私の思いついた2つの新しい説を紹介します。それは、
【なぜ武士はちょんまげなのか?】
【なぜ天皇制は長く続いているのか?】
というもの。まあ私の思いついたことです。気楽な気持ちで読んで頂ければ幸いです。
⭐なぜ武士はちょんまげなのか?
中世日本の主役である武士。その武士の髪型は『ちょんまげ』です。分かると思いますが説明すると、頭の前面から上部にかけての範囲の頭髪を剃り、残りの頭髪を結ったという変な髪型です。
ちょんまげは鎌倉時代に始まったとされ、一般的な由来としては、武士の兜などを被る際に、頭部が蒸れるのを防ぐためと考えられています。
戦国時代に武士の間で大流行して定着。江戸時代には武士のみならず庶民にも広がりました。
この『頭部が蒸れるのを防ぐ』との理由。私はどうも引っかかる。貴族の冠から考察します。
なぜ貴族は冠を被っていたのか?
冠とは簡単に言うと帽子です。現代の我々が帽子を被るのは、基本的に外に限られます。
帽子を被る本来の理由は、夏の厳しい直射日光を避ける、冬の寒さを防ぐ、頭部を守る、髪の乱れを防ぐなどという実用的なものです。
貴族が冠を被るのは、豪華な服装と同様、特権階級の人間であることを誇示すると考えられます。
つまり贅沢な装飾品として冠を被るようになり、やがて身分や階級も示すに至るという訳です。
確かにこの説明で納得できます。
だた規則だから特権階級の証しだからと、少なくとも公務の間はずっと、冠を被っていなければならないというのは、大変ではないか思います。
現代でも帽子を被る人はいます。しかし建屋内で、かつ仕事中に帽子を被る人はほとんどいない。
*施設警備員くらいでしょうか。
上記の考察を踏まえて、なぜ貴族は建屋内の公務中に冠を被っていたのか?私はこう考えました。
私もそうなのですが、男性には頭髪が薄くなる人がいます。身分の高い特権階級である貴族の人の中にも、頭髪が薄い方がいたはずです。
国の政を司るクラスの、身分の高い貴族や皇族がそうだとしたら… と想像してみました。
高位高官の貴族なのにハゲている。天皇なのに若ハゲである。見られるのが恥ずかしい。それを隠せるように、常に冠を被らなければならないという規則を作ったのではないか?と考えました。
中世ヨーロッパで、貴族がカツラを被っていたのも似たような理由ではないかと思います。
調べたら、フランス王ルイ13世が、薄毛を隠すためにカツラを被ったことが、貴族がカツラを被る流行になったそうだ。へぇー当たってた!
ルイ14世の時代に、地位や権力の象徴として、貴族などエリート層でカツラ文化が定着だって!
なるほどヨーロッパの貴族のカツラは、私の推測に近い感じですね。国王の薄毛を隠す当初の目的に、地位や権力の象徴としての理由付け… か。
ならば武士のちょんまげはどうなのか?
一般的な理由は、兜を被るのに頭が蒸れるのを防ぐため、頭髪を剃るちょんまげが理に適って大流行。武士の髪型として定着したという話。
一般的な理由としては、武士が戦場で使用する兜を被る際に、頭が蒸れてしまうのを防ぐために、頭髪を剃るちょんまげが理に適っていて大流行。いつしか武士の髪型として定着したという話。
戦場では命がけで戦うのだから、できるだけ身体に負担をかけないようにしたい。そして江戸時代となり平和な世の中になっても、武士の正式な髪型となったことは、自然な流れだと思います。
では終わります。それでは面白くない。そこで無理矢理に面白くするべく仮説を立てたい。題して『織田信長ちょんまげ(正式定着)説』です。
戦国時代の英雄織田信長。私はこの信長が、ちょんまげを武士の髪形と正式に定着させた一番の功労者ではないかと、まず最初に決めつけて(仮定して)その証拠を捻り出そうと考えました。
日本史に登場する人物。その肖像画を見て気がついたことです。室町以前の武士や貴族の肖像画は、基本的に全員が帽子(冠)を被っています。
それ以外では、僧侶や出家した武士や法皇などは、帽子(冠)を被らずにスキンヘッドです。
唯一の例外が、甲冑姿で馬に乗った室町幕府初代将軍の足利尊氏でしょうか?有名なザンバラ髪、よ〜く見ると頭の上部は剃っていますね。
戦国時代になると、帽子やスキンヘッドに加えてが兜を被った姿が目立ってきます。そして、
織田信長や斎藤道三、朝倉義景、武田勝頼など、ちょんまげ姿のままの肖像画が登場します。
斎藤道三、朝倉義景は晩年出家。浅井長政は帽子姿の方が有名。いずれにしろ織田信長の肖像画の頃から、ちょんまげ姿が目立ってくる。
安土桃山時代になると、加藤清正、石田三成、真田幸村、福島正則など、多くのちょんまげ姿そのままの肖像画がますます増えてきます。
江戸時代になると、身分の高い武士の肖像画は帽子姿が多く、町人や名もなき武士の肖像画は、ちょんまげ姿のままが多くなる傾向です。さて、
⭐織田信長ちょんまげ説
織田信長は、戦国の世を天下統一に導いた武士の英雄です。おそらく一番有名な武士でしょう。
そして一番影響力のある武士だろう。尾張の守護代から、ずば抜けた才能と行動力で頭角を現し、武力でのし上がった武士の象徴のような存在。
その武士としての圧倒的カリスマ性を踏まえて、私はこういう話を創作してみました。
織田信長は若ハゲで、すごく気にしていたとして、武士の間で大流行したちょんまげは、武士の正式な髪型だと決まっていなかったとします。
織田信長に対する修飾語を追加して、
戦国の世の風雲児である織田信長。天才的な実力に行動力、さらにカリスマ性を併せ持ち、運にも恵まれた戦国時代の寵児。武士として全てが完璧な信長の唯一の悩みが若ハゲだとするのです。
天下統一は目前のある日の独り言。
ワシは天才やし凄いねん!
天下統一なんぞ楽勝なんやけど…
どうにかならんのか!この頭…
かっこ悪いっちゅうねん!
天下人になるんやで~ワシは!
ずっと帽子被るゆ~のも、
邪魔くさいしの… そやゆ~て、
信玄みたく出家するったって、
神や仏なんぞ信じられんし、
アホくさ~てやってられへん!
チッ… はぁ~… どうしょうかな~
これから天下統一せなあかんのに!
下のもんでフサフサのやつ見んのも
ムカつくし… ワシが一番エライやで!
… あっ!そやそや!これから、
ちょんまげ以外あかんことにするか!
… それええわ!
帽子被らん絵とか描かせて…
なにゆ~てもやな~
ワシが一番エライんやからな…
江戸時代に武士の正式な髪形となり、庶民にも広がった『ちょんまげ』は、いつ果てるともしれぬ戦国の世を、天下統一に導いた織田信長のツルの一声だった?という下らない話を書いてみました。
もちろん作り話、フィクションです。
こんな無意味で詰まんない文章を、ここまで読んで頂いて本当に感謝です。そして謝ります。
でも先に書いたヨーロッパのカツラ文化は、ルイ13世の薄毛対策だったと確定しているし、
武士のちょんまげにしても、帽子を被っていた貴族にしても、また中国の清王朝の剃髪にしても、男性の永遠の劣等感『ハゲ』対策だと仮定するのは、あながち的外れではない気がします。なぜか?
私自身が『ハゲ』に劣等感を抱き、外に出る時はいつも帽子を被って隠しているからです。
兜を被ると蒸れるという理由で、武士の間で流行していた髪を剃ったちょんまげ姿。それを武士の正式な髪型とすることで、薄毛を堂々と晒せる上に、特権階級を示す威厳のある髪型とした。
一石二鳥のグッドアイデアである。
薄毛に悩んだ身分の高い武士の誰かが、制度化したと考えると面白いし、自然な感じもします。
織田信長が、武士の正式な髪型『ちょんまげ』発起人だった?とかは分かりません。あの有名なちょんまげ姿がカッコいいなと感じただけです。
*ちなみに補足として、織田信長の肖像画には帽子を被ったのも存在します。イマイチですが…
2番目が世界一の国?
2008年1月5日記載
2026年3月23日再編集
⭐Prologue
なぜ天皇制は長く続いているのか?私は以前からすごく不思議に思っていました。そこで、
書きながら考えているうちに、天皇は日本と日本人のアイデンティティを象徴していて、日本は2番目が世界一の国という結論になりました。
なぜそんな結論になってしまったのか?
書いて考えた私もよく分かっていませんが、読んで頂ければ成り行きだけは分かります。では、
⭐PART①
現在の天皇制は、第二次世界大戦後に制定された日本国憲法第1条により、天皇は国の象徴と定められ、国政には全く関与していません。
現在の天皇陛下(平成天皇)は、神話時代に即位した初代神武天皇から数えて第125代目です。
*令和4年現在の天皇陛下は、126代目の徳仁(なるひと)陛下です。2022年3月10日記
イギリスやデンマーク、タイなど世界には、日本のように皇室(君主制)の国はあるのですが、日本の天皇ほど長く続いている例はありません。
日本の天皇制の歴史は、少なくとも千五百年以上で一番長い。第2位はデンマークの千年と少し。エチオピアには三千年続いた世界最古の王室があったが、半世紀ほど前に廃位となったそうである。
カトリック教会の最高指導者であり、バチカン市国の国家元首のローマ法王(教皇)は、二千年近くも続いていますが、あくまで宗教の指導者です。
なぜ日本の天皇制は長く続いているのか?私は疑問に思い、考えてみることにしました。
⭐PART②
天皇とは、古代日本を支配した大和朝廷の長である大王の子孫。つまり国の統治者でした。
ところが時代を経るにつれ、天皇は直接政治を行うことがだんだん少なくなっていきます。
天皇が政治を直接行っていたのは、平安時代の初期の頃までです。その後は藤原氏の摂関政治、上皇や法皇による院政。鎌倉から江戸時代は武家政権。明治時代に国家元首となったが直接政治を行っていない。現在は日本国、及び日本国民の象徴です。
現在の天皇は、統治者でもなく政治にも関与していない。でも日本の天皇制は続いている。
お隣の中国を例にしてみましょう。
中国初の統一国家は秦でした。始皇帝はあまりにも有名です。でも秦は2代15年で滅んでしまいます。その後は、前漢 後漢 隋 唐 宋 元 明 清と統一国家が登場。王朝はその都度変ります。
そして現在は王朝は存在していません。
新たな国家ができれば、旧国家の統治者や権力者は滅びてしまう。当たり前の世界の常識です。
日本も同様です。時代により国の統治者は、次々に変わっています。なのに最初の統治者だった天皇の系譜は滅びず、現在もなお続いている。
しかも歴史の記録上、暗殺された天皇は、592年に蘇我馬子に暗殺された崇峻天皇ただ一人。戦いに負けて命を絶った天皇は、壬申の乱の弘文天皇と壇ノ浦の戦いの安徳天皇の2例だけである。
⭐PART③
すごく不思議に思うんです。なぜ日本という国が誕生以来ずっと、天皇は存続しているのか?天皇が神格化したからと考えている人もいます。
神様なのだから時の権力者も、天皇の権威や存在を利用することはあっても、天皇家そのものを、滅ぼそうとはしなかったという理由です。
古事記や日本書紀に記された神話では、天皇の祖先は天照大神である。天皇は神様の子孫なのだから、神格化しても不思議ではありません。
でも私はその理由で、これほど長く天皇が存続しているとは思えない。日本という国の特性を踏まえて、私なりの仮説を書きたいと思います。
天皇についての話は、大変デリケートであり細心の注意が必要です。でも深刻にはならないはず。だって私が考えたことなんだから😁では、
現在は日本国憲法第一条にて、天皇の地位は『日本国及び国民統合の象徴』と定義している。
それと直接は関係ないのですが、私は天皇という存在は、日本という国とそこに住む日本人の『アイデンティティ』を象徴していると思うのです。
⭐PART④
日本という国の成り立ちから考えます。
日本はどこにあるか?ご存知でしょうが、ユーラシア大陸の東の端にある列島。つまり島国です。島ではありますが、ハワイやミクロネシアなどの島々とは異なり、大陸のすぐ近くにあります。
そしてその近くの大陸には『文明のゆりかご』世界四大文明の一つ、中国がありました。
進んだ文明の大きな国が近くにあると、周囲の小さな国は、優れた文化や知識を得ることができる反面、常に侵略される危険に晒されます。
ところが日本と中国は、地理的には近いが東シナ海と日本海で隔てられています。そのために中国の優れた文化や知識は、海を渡って日本に伝わりましたが、軍隊の進入は難しかったのです。
平安時代の刀伊の入冦や、鎌倉時代の元寇は失敗に終わったし、逆に日本が攻めた白村江の戦いや、豊臣秀吉の朝鮮出兵も失敗しました。
地理的に近くても海があるために、侵略や戦争は困難でしたが、文化や人の交流は可能でした。
そこで古代の日本は、時の中国の統一国家に侵略されることなく、逆に友好関係を結んで、渡来人を招いたり、遣随使や遣唐使を送って、中国の優れた文化や知識を学んで、国を発展させてきました。
⭐PART⑤
時代は下り戦国時代、日本はヨーロッパと交流し始めました。ここでもやはり日本は、ヨーロッパの優れた文化や知識を得ることになります。
世界は大航海時代。ヨーロッパの国々は中南米のアステカやインカ帝国を滅ぼしたりと、世界各地を侵略侵攻、植民地化していきました。
日本は中国の影響により、かなり文明の発達した国になっていたため、貿易相手国と認識されたこと。また地理的にヨーロッパから遠かったために、侵略されることはありませんでした。
そしてヨーロッパから伝わったキリスト教を危惧した江戸幕府が、鎖国という防衛策をとったことも、侵略されなかった理由の一つでしょうか。
時代は下り幕末、ペリー来航により開国し、ヨーロッパに加えアメリカからも優れた文化や知識を得て、日本は先進国の仲間入りをしました。
明治時代に入ると、欧米列強の真似をして、韓国併合や中国に侵略戦争を行うという過ちを犯した末、第二次世界大戦に敗れて、歴史上初めてアメリカなどの連合国に占領されてしまいました。
終戦から独立までの約6年8か月が、長い歴史の中で唯一日本が、他国に支配された時期になります。欧米列強の真似をし過ぎて、アメリカに戦争を仕掛けたのだから、仕方ないの結果です。
戦後はその超大国アメリカと友好関係を結び、世界有数の経済大国として発展しています。
つまり日本という国は、その時代時代に、強大で優れた文化を有する国と仲良くなり、地理的理由から侵略されることなく、優れた文化や知識を吸収して、自国の発展に結び付けているのです。
私はこの歴史を鑑み、日本という国は『2番目が世界一の国』ではないかと思ったのです。
⭐PART⑥
他の国の優れた文化や知識を、素直に認めて抵抗なく受け入れる。そして受け入れるだけでなく、日本の風土や日本人に合わせて作り変える。
さらにオリジナルより進化させようとする。そういうことに日本人は長けている気がします。
自動車や電化製品産業では、性能が良さ環境に配慮する点で世界をリードしているし、元は外国の食べ物だったラーメンやカレーはもはや日本食。天ぷら*も独自に進化、洗練された料理になった。
*漫画『美味しんぼ』に書いてあった。
ベースボールは野球となり、本場メジャリーグと対抗、WBCでは最多3度の優勝を誇っている*
*2026年3月23日再編集時、アメリカは優勝1回である。元の文章にはクラブWカップが日本で開催と書いてあった。現在はされていない。
そして日本は多少下に見られている文化で、世界を圧倒しているという特色もあります。
漫画やアニメにTVゲームです。まさに圧倒的。日本の漫画やアニメファンは世界中にいる。
私は外国の漫画を知らない。ディズニーアニメのトムとジェリーやムーミンなら知っている。TVゲームはアメリカ、中国や韓国も盛んらしい。
まとめると日本人は、他国の優れた文化や知識を、抵抗なく受け入れ進化される。さらに下に見られる文化では、世界を圧倒する傾向にある。
かなり無理があるのは否めない。そして文章の主題である天皇制とは何の関係もないが😅
気にせずに… 強引に話を進めます。
なぜ日本の天皇制が、これほど長く、現在もなお続いているのか?天皇が統治者でなくなった後も、時の権力者が天皇制を存続させた理由とは、
ユーラシア大陸の東の端に位置する海に囲まれた島国で、古代中国や欧米列強に侵略されず、でも文化や知識を得やすいとの地理的な要因から、
天皇制は、1番ではなく2番目がトップであると考える日本という国と、日本人のアイデンティティを象徴しているのでは?と私は思ったのです。
⭐Epilogue
とまぁ、こんな感じです。どうだったでしょうか?説得力はあったでしょうか?ないよね?あるって!私としてはどちらでもかまいません。
日本は2番目が世界一の国か。私が言うのもどうか思うが、やっぱり世界一が世界一だと私は思います。天皇制とは何の関係もありません。
日本人として、いつまでも日本が2番目であることに甘えていないで、世界をリードする世界一の国になったらいいなと、私は思いますね。
サヨリを釣る
2009年4月5日記載
昨秋、私はサヨリ釣りにハマりました。
場所は今切川の河口。数も多いが型も良い。ほとんどが25cm以上、30cmクラスも結構混じる。サンマ級の40cm以上も時に釣れます。
仕事の帰りに今切川の河口に立ち寄ると、たくさんの人がサヨリ釣りをしていました。
普段釣りで賑わう場所ではない。興味を惹かれて見に行くと結構釣れています。私もしたい。仕掛けやエサをチェックして釣具屋で適当に購入。次の日の土曜日の朝早くにサヨリ釣りに行きました。
ところが昨日たくさんいた釣り人が1人もいない。アレ変だな?釣ってみる。全然釣れない。
3時間釣ってもダメ。いろいろと試行錯誤したがアタリすら無し。エサはまだ十分ある。でも釣れない釣りほどつまらないものはない。帰ろうかな。
時刻は午前11時。あっ!釣り人だ。その後もポツポツ釣り人がやって来ました。すると発砲スチロールの赤いウキが初めて横走りします。
ついに1匹釣り上げる。その後もコンスタントに釣れて結局30匹ほどの釣果で納竿としました。
いつの間にか周りは釣り人でいっぱい。ここは午後から良く釣れるのです。朝は誰もいない訳だ。
釣ったサヨリを色々料理して食べました。刺身やお寿司に天ぷら、焼きなど、サヨリは美味しい魚。私はすっかりサヨリ釣りにハマりました。
何が良いかって?費用が安い。餌は赤アミの刺し餌と撒き餌のブロック1㌔と米ぬか半袋で充分。これで半日は持つ。仕掛けも全部で千円くらい。
そして何と言っても釣って楽しい。
サヨリは表層の魚なのでよく見えます。針掛かりするとジャンプするし、引きもなかなか強い。
また釣り場の選定に困らない。
根掛かりの心配はないし、秋は河口や防波堤で撒き餌をすれば遠くから寄ってくる。警戒心もさほどないのでボウズが少なく、たくさん釣れる。
さらにサヨリはクセがない美味しさ。刺身やお寿司は絶品だし、一夜干しの焼きは堪えられない。特に小型は骨ごとで幾らでも食べられる。
手軽で簡単で楽しい。そして美味しい。それがサヨリ釣りの魅力。今年の秋が待ち遠しい。
*今切川のサヨリブームは数年で終了。現在は秋のシーズンでも釣り人は殆どいません。サヨリ釣りは毎年していますが、ここは釣れなくなりました。なぜなんでしょうね? 2026年2月14日記載
🗨️これでいいのだ🗨️
2009年6月26日記載
🗨️これでいいのだ🗨️
云わずと知れた『天才バカボン』のパパの決め台詞である。私はこの言葉が好きである。なぜかの理由は凄く言いたくなる言葉だからなのだ。
私の半生はひどいものだ。今だに何ををしたらいいのか分からない。お金もなくてその日暮らし。
現在の仕事はとりあえずの交通誘導警備員。明日の仕事なんてありやなしや。なぜか私は生きている。何もない半生。でも私はこう思っている。
🗨️これでいいのだ🗨️
どうしてそう思えるのか?高校や大学の同級生は立派な社会人をしている。私もそうなりたい。でも不思議と羨ましいとは思わないのだ。
私は過去のどの時代にも戻りたいとは思わない。過去を振り返る。いいことはなかった。でも後悔することも全然ない。この言葉が登場する。
🗨️これでいいのだ🗨️
私は過去の自分より今の自分の方が好きである。それはどうしてか?どんどん成長しているからだ。そして今の自分が最低であると思っている。
今の自分をもっと高めたい。もっと良くしたい。そればかり考える。それをしている時、実感した時に、私はとても楽しく感じるのである。
🗨️これでいいのだ🗨️
誰でも人生において何かの壁にぶつかる。そしてその壁をクリアしながら生きていく。そしてどこかで満足して、その後は安定した人生を送る。
🗨️それはそれでいいのだ🗨️
ところが私の場合、普通の人がスルリと越える壁にもつまずいてしまう。普通の人が気にしないことに気づいてしまう。普通の人が超えようとする壁に、なかなか辿り着かないのである。
🗨️この説明分かるのか?🗨️
つまり生き方が下手なのである。でも誰も気が付かない壁を超えるってすごくおもしろい!
だけどそんな暇なことをしているから、私の人生はメチャクチャなのである。でも私がおもしろいと感じるのだから仕方ないじゃない!
🗨️これでいいのだ🗨️でもね…
だから私の人生はメチャクチャなのだ。でもこれでいいのだ。満足なんかするもんか!私は、
🗨️生涯この生き方を続けるのだ🗨️
Amebaブログに投稿
真面目に生きる
2022年3月9日記載
真面目に生きると楽である。
でも私が一番嫌いな言葉である。
真面目とは真正面から見ること。
人や物事を正面からしか見ていない。
真面目とは分からないと同じこと。
時計回りに90度の方向から見る。
先読み。予測予想。意図を読み取る。
上手く振る舞う。おもてなしの心。
少しは理解が深まるが全然不十分。
時計回りに180度の方向から見る。
人や物事を反対に見る。面白いの発見。
本質を見極める基本。笑いの基本。
人生を楽しめるがぶっちゃけ普通。
時計回りに270度の方向から見る。
少し捻くれモード。本質の全体を把握。
見極め理解を踏まえて積極的行動。
注意、叱咤、謝りを正す強い信念。
さらに90度回転。一周して元に戻る。
真面目に戻る。少し休憩。変化を確認。
飽きたらまた回転。一周して元に戻る。
真面目に戻る。少し休憩。成果を実感。
生きてる間ずっと回転を繰り返す。
真面目が楽になるために繰り返す。
こんな真面目な生き方を私はしたいな。
〇〇のつもりで
2022年11月1日記載
なになにのつもりになって
今現在はは全くそうではない。でもいつか必ずそうなるとイメージしながら行動をする。みんなそうすればいいのになと私は思いました。
でもそれってみんなしているんです。
自分がしたいことや理想をイメージしなくても、そのつもりで行動しようとしなくても、誰だってどうしても『してしまう』ものなんです。
問題は自分自身のしたいことや理想を、正確に理解しているかどうかだと思いました。
正確に理解していないと、なぜこんなことをしたのかな?と、いつもイライラしたり落ち込んだり。分からないって何かにつけてシンドイもの。
でも正確に理解すると、仮に常識的に変な行動をしたとしても、悩んだり落ち込んだりしない。自信を持ってそれで良いのだと思えるのです。
現実は自分の理想に足りないものがあるので、ダメだとしても仕方ないと思えるのです。
理想を頭にイメージして、いつか必ずそうなると信じて、そうなってるつもりで行動する。
それは今より一段上を目指す術。そして、
日常のごく普通の些細な出来事でも、なぜか楽しく思えてしまう。そんな効果もありますよ。
YouTuberがいた
2022年11月12日記載
*ブログで2回の連載をまとめました。
YouTuberがいた!身近にいた!
世の中は狭いのか!みんなしているのか?よく分からないが、とにかく新鮮な気分である。
最近はスマホで簡単に自己主張の世の中。
YouTube Instagram Facebookなど、各種SNSにてみんな発信 ! 発信 ! である。あとTwitterもかな。
いるとは思っていた。でも実際そんな本人を見てなるほどと思いました。警備員の同僚です。根明でなかなか面白いやつ。なるほどってね。
彼のと言うかこいつのYouTubeの内容は、
消防署から出動する消防車輌の撮影したもの。正直よく分からない。家から割と近所の消防署の動画もあった。見て、へーっと思いました。
正直何が楽しいのか?分からない😁
でも消防車輌は結構な人気があるそうで、本人もファンなのだそうだ。YouTubeを見ているうちに、自分もしたいと思って始めたそうである。
正直何が面白いのか?分からない😁
でもYouTuberがいた!身近にいた!
世の中は狭いのか!みんなしているのか?よく分からないが、とにかく新鮮な気分である。
肝心の動画の方は、手ブレがひどく素人丸出しの出来である。本人の呼吸音も聞こえるし😁
ところが驚いたことに、チャンネル登録も再生回数も思った以上に多いのだ。ほとんどが数百回だけど、再生回数が一万回を超えている映像もある。
もっとも他の似た動画だと、再生回数が数十万なんてのもあり完成度も高い。本人もまだまだと、
やる気十分である。それにしても…
私はこのHPに月に千円払っている。でも彼は逆にお金が入ってくる。もちろん始めて1年ほど、収益はたいしたことないとのことである。
撮影は楽しいが苦労もあるそうだ。
仕事帰りや休日に、消防署の前で辛抱強く待ち、撮影していると言う。夜遅く警察官に怪しまれて職務質問されたこともあるそうである。
彼に負けず私も頑張ろう。それにしても、
YouTuberがいた!身近にいた!
世の中は狭いのか!みんなしているのか?よく分からないが、とにかく新鮮な気分である。
*最近YouTubeをしてみました。動画をアップするだけなら簡単ですね。収益?0円です😅
2026年2月11日記載
Amebaブログに投稿
模様の作成者
2023年6月23日記載
*ブログで3回に分けて書いたものを、編集してまとめました。
⭐PART①
毎度お馴染み『とある現場』にて、
お暇な通行止めの現場。何かないかな?
少しくたびれたガードレールがあります。緑色の苔(正確には藻類)が生えているようです。
ガードレールのアップの写真。
よく見ると変な模様がついている。縄文式土器の模様みたいな、小さな虫が這った跡のような…
何でしょう?気になります。暇なので😄
6月に入り梅雨到来。雨がよく降ります。そしてついに、この気になる謎が解けました。
⭐PART②
ところでこのお暇な通行止めの現場。仕事は楽でしたが、自然の脅威も少しばかりあります。
ガードレールの奥は笹が生い茂っている。蚊やブヨがとにかく多い。虫除けスプレーは欠かせません。
ブヨはなぜか眼のすぐ前を飛ぶ。
振り払ってもかなりしつこい。放っておくと眼に突撃してきます。ホントに邪魔くさい。調べてみると、黒色に集まる習性と、涙を舐めるため?
とかいう理由だそうで… 何だそりゃ?
また一日一度はスズメバチに遭遇します。
決まって笹藪の奥から飛び出して、私のすぐ側を少し旋回した後、道路を横切り飛び去っていく。
何もしなければ大丈夫だろうといつも思うが、目視する限り多分大スズメバチ。結構怖い。
後は… 暇つぶしに、道路沿いの雑草を土ごと引っこ抜いていたら、ミミズがワンサカ出てくる。またムカデや引くほどでかいドバミミズもいました。
自然豊かな良いトコである。でもよく考えたら、別によくある普通の田舎の道端である。こんな場所で一日ずっと立ってる仕事なんて他にはない。
警備員だから気がついたのかな。
おっと!話を元に戻しましょう。
⭐PART③
ではお待たせしました。ガードレールのコケについた模様の作成者。正体はカタツムリです。
Googleレンズで調べてみると多分、
ミスジマイマイだと思います。生息地が本州と四国東部だそうで、私には馴染みのカタツムリです。
へぇ~四国西部にはいないのか… ともかく、
カタツムリは、雨が振って濡れて柔らかくなった藻類を食べていたのです。観察すると移動しながら口を左右に小刻みに動かして食べている。
へぇ~こうやって食べんだ… だったら、
他にもいるんじゃないかな?探してみると10㍍先にもう一匹。やっぱりコイツも食べに来ている。結局合計4匹のカタツムリ確認しました。
さらにスマホで調べていると、
なんと!カタツムリはコンクリートを食べるのだそうです。正確には表面を舐めるらしい。
貝殻の材料となるカルシウムを摂取するためらしい。もしかしたらガードレールのカタツムリもそれが目的なのかも… とスマホで調べてみると、
ガードレールの白い塗料には、カルシウムの成分が含まれているそうだ。あるかもしれませんね。
ということは、カタツムリにとって、
藻類の付いた古いガードレールは、食事だけでなく、住居の材料を集めにも重宝している… かも。
そりゃいっぱい出てくる理由だ。
それにしてもスマホは便利!では終わります。
Amebaブログに投稿
公共事業の減らし方
2010年3月26日記載
2024年11月2日改訂
⭐PART①
私は交通誘導警備員をしています。
普段する仕事は、主に土木工事と電気通信工事での交通誘導業務です。他には祭りなどのイベントや駐車場の警備もあります。
その私が公共事業の減らす方法を書くのは変な話です。これには理由があります。
では本題の話に入る前に、
一つのことしかしていないと、基準となる目線は一つだけとなり、視野が限定されて、気付かなくて分からないことがあります。
でも2つのことをする、もしくは考えてみることで、基準が2つとなり、比較し考察することで問題点が分かることがあります。
さらにその問題点を、2つの基準から考えることにより、理解が深まり、解決策を見つけ出すことができるかもしれません。
上記の感覚を踏まえた上で、
私が考えた『公共事業のあり方』の問題点と解決策、からの結果的に『公共事業の減らし方』に繋げていきたいと思います。
⭐PART②
公共事業とは、社会公益の利益を図る事業。
主に建築や土木工事を伴う、社会資本整備を目的とした事業のことである。
政府や地方自治体、公共団体など主体で、道路やダムに橋に空港などを造ったり、下水道や公園などの公共施設を整備します。
費用は政府や地方自治体の一般会計予算、つまり税金が使われています。
その公共事業の費用や件数は、横ばいもしくは減少する傾向にあります。
理由としては、ダムや下水道や道路などは、整備が進み飽和状態であり、新たに造るより補修や補強工事にシフトしていること。
もう一つの理由は、国や地方自治体の借金が増え続けており、少しでも公共工事の予算を減らしたいという2点であります。
地方への国家予算のばら撒きが目的の、不必要で無駄な公共事業をなくすこと。日本国民の1人である私も大賛成です。国の借金が増えると将来が不安だし、当たり前の常識です。
これは一般の人が、常識的に思う無駄な公共事業はなくすべきだ!との話である。
⭐PART③
さて、私は政治家ではなく警備員です。
公共事業に携わる警備員の立場で、公共事業のあり方と問題点を述べたいと思います。
とその前に、補足しておきます。
現在の国家財政やインフラ状況の観点から、公共事業の予算は減らすべきだが、必要な公共事業は当然するべきで、緊急性や予算面を考慮して、優先順位を設けて行うことが大切です。
まぁしているでしょうけれど….
ただここだけの内緒の話アルけれど、田舎の方でね、ホントにこんなの必要?と思ってしまう公共工事も、たまに警備に行きます😅
では気を改めて….いやもう少し
また私が警備員を始めた十数年前は、
施工業者が、警備員の経費をちょろまかしたり、手抜きっぽい工事も見たことはありますが、大抵そんな業者は潰れることも知っています😅
*これはどんな世界でも同じでしょう。
そんなことも感じはしますが、公共事業のあり方については特に意見はありません。一昔前に比べて、少しづつ良くなっているようです。
*ちなみに最近は、外国出身の作業員が増えました。また女性の現場監督も目立ちます。
*真面目に仕事をするし、コミュニケーションも取りやすくなった。警備員の立場からも良い傾向に感じます。時代は変わっていくものです。
では公共事業の問題点とは何なのか?それは工事の行われる時期についてです。
⭐PART④
雪国など地域によって違うと思いますが、
徳島県では公共工事は9月頃から3月中頃までがたくさん行われます。ところが3月末から5月始め頃までは極端に少なくなります。
そのため警備会社は8月頃から警備員を増員します。人手不足になるからです。ところが3月末で仕事がなくなります。給料が少ない上に仕事がない。これではやっていけません。
他の仕事をしながらのダブルワークの人や年金受給者の年配の方はともかく、私を含めた警備員だけの人には厳しい現実です。
警備員を辞めて別の仕事をする。短期のバイトで食いつなぐ。諦めて自宅待機する。毎年この繰り返し。常に憂うつ感が漂います。
4月前後の2か月の間、いくらやる気があっても仕事がない。また仕事の多い時期には、初心者やお気楽モードの警備員が多くなり、仕事の質が下がってしまいます。
警備員だけではありません。
現場作業員も同じで、この時期は仕事がないそうです。そして仕事が多くなる時期は、寝る間を惜しむ忙しさ。やりくりに四苦八苦。
仕事の量が安定しないので、やる気がなかなか出せない。出したいのに出ない!
このジレンマは工事現場に携わるすべての人の共通の苦しみだと私は思います。
*無論他の仕事でも、繁閑期のハッキリした仕事もたくさんあります。仕方ない面もあるが、解決が可能ならばするべきです。
⭐PART⑤
どうすればその問題が解決できるのか?
簡単なことです。公共事業の工事の数を、年間を通じて一定にすればいいのです。
そうすれば現場の作業員や警備員も、年間を通じて安定した仕事をすることができます。
警備員を伴う工事には、土木系の公共事業の他に、電気や通信の工事もあります。
電気や通信の工事は、季節による仕事量にあまり上下はありません。年間を通じて安定した仕事量になるよう計画されています。
工事に携わる作業員や警備員は、安定した収入を得ることができます。気分的な余裕もあるし、良い仕事ができます。
このやり方が良いのに決まっています。
だから警備員も電気や通信の工事の警備をしたがります。土木工事の警備の方が仕事的には面白い面もありますが、仕事が安定しているし、雨で中止になることもあまりありません。
なぜ公共事業の工事は不安定なのか?
公共事業の工事を計画する側である役所の仕事の仕方に問題があると思っています。
⭐PART⑥
公共事業の工事は、高速道路など一部の大型事業を除いて、3月末までに全て終わらせて決算の作成報告を行います。そして、
3月末まで来年度の予算が決まり、4月からその予算に基づいて、各公共事業の計画や見積もり等の作成が始まります。
そのため年度初めの時期は、役所はその仕事に忙しく、工事自体は少なくなります。
工事従事者は仕事がない。
計画ができ次第、一般入札を経て、各業者が工事を行います。その数は徐々に増え始め、年度の後半はすごい数になります。
工事の人手が足りなくなる。
各業者はいくつも現場を掛け持ちし、寝る暇もない。警備業者は人が足りずに、誰でもいいからと人を補充する。秋から冬頃は昼夜続けて仕事なんてことも。質が下がるのは当然です。
その季節には街中工事現場だらけ。
一般市民もうんざりです。とにかく計画通りに3月末まてに工事を全て終わらせる。そして4月になるとピタッとなくなる。
工事従事者も一般市民もうんざり。
少し考えれば解決策なんて簡単です。
電気や通信と同様に公共事業の工事を、年間を通じて一定数になるよう計画を立てる。
ホントに簡単。なぜしないのかな?
⭐PART⑦
公共事業の予算の総額は、多少の変化はあっても5%も変わらないはずです。
また内容にしても、東日本大震災後は高速道路などで耐震補強工事が行われたりと、変化はあるが、道路の舗装や水道工事など、毎年必ずしなければならない工事が大半です。
必ず必要な公共事業、つまりインフラ整備や補強のような工事については、予算が決まる前から、つまり前年度の3月末からでも、工事を着工できるようにすればいいのです。
簡単なことです。これだけです。
多少決算報告がややこしくなるだけ、それも慣れてしまえばどうということもない。
テレビや政治家の話によく出てきます。
所謂『お役所仕事』年間の予算が決まってから計画を作成する。そして年度終わりの3月末までに全ての工事を終わらせる。
ただ真面目なだけ。全く工夫なし。教科書通りの仕事。稚拙で幼稚すぎる。
生み出された不安定な職場環境。そこに身を置く工事従事者のことを全く考えていない。
少し言い過ぎですかね。
もし私が公務員だとしたら、同じことをするはずです。だから別を罪はありません。でも知らず知らずに、シンドイ思いをする人を生み出していることも分かってほしいのです。
⭐PART⑧
言い過ぎたかな….少し補足😅
公務員や官僚には、行政の決まり事や方針を変える権限はありません。その権限は選挙で選ばれた議員や総理大臣や知事にある。
その部下となる公務員や官僚は、
現行の決まりや方針に沿って、仕事をすることが正しく望ましいのです。だから何ら揶揄や非難される筋合いはありません。
選挙で選ばれるとは、有権者の意見を行政に反映する義務があるというロジック。私の話もそんな有権者の意見の一つなのです。
この下りは⭐PART⑩にてもう一度
では話を戻します。公共事業の工事を、年間を通じて一定にするとどうなるか?
工事に直接従事する作業員や警備員に、安定した仕事を供給できる。収入的にも気分的にも余裕ができて良い仕事ができます。
毎年大量に従業員が辞めたり、補充したりしなくて済みます。また工事が秋から冬に集中することもなくなるので、工事だらけの時期の一般市民のストレスも軽減される。
さらには公共事業の工事従事者に、
安定した仕事量を供給することで、今までの不満を解消することができる。そのために、
行政が公共事業を縮小させること。
つまり公共事業の予算全体を減らすことが、容易にできるようになるでしょう。
インフラの整備は飽和気味。新たに造設するよりも、補修や補強にウエイトをシフトすると、当然公共事業の予算は縮小することになる。
その移行が容易になるということです。
⭐PART⑨
まとめますと、春先が極端に少なく、秋冬に多くなる現行の公共事業の工事。それを年間を通じて一定に調整するとどうなるか?
役所や元請け業者は多少苦労するが、作業員や警備員など直接の工事従事者は、年間を通じて安定した仕事をすることができる。
工事従事者に安心感や余裕ができると、良い仕事ができる。つまり仕上がりが良くなる。
良い意味で、工事従事者や業界間で競争心が生まれるため、業界全体の質が向上する。
良い仕事をする イコール 良い工事従事者
業界間や社内関係のしがらみやコネや根回しとか、その他気持ちの悪い影響力が減る。
そしてダメのままの工事従事者や業者は、自然と淘汰されていく。頑張らなければ仕事が回ってこないので生き残れない。
つまり公共事業に携わる業界全体が、健全な状態にシフトしていくというわけです。
新たに道路や建物を造設するより、補強や補修工事に移行している公共事業。
その予算が縮小傾向になるのは、健全な状態であり、工事従事者の不満を解消することで、そのスムーズなシフトが可能となるでしょう。
無論あくまで私の希望的な予想です。
⭐PART⑩
何をしたってほどではない。ただ公共事業の工事の時期をズラしただけです。ほんのちょっとした工夫。構造改革ってヤツです。
国や地方自治体の借金は増大の一途。
くだらないしがらみや地方への金のばら撒きを目的とした理屈に合わない『無駄な公共事業をなくす』ことは必要です。
でもただ単に予算を削減するだけでは、
反発を招くのは当たり前。そこで工事従事者に年間を通じて一定仕事量を供給する。今までの不満が解消する。その上で予算を削減する。
ひと手間かけるのです。この工夫をすることにより結果、無駄な公共事業をなくすことがスムーズにできるようになるでしょう。
私は公共事業の工事従事者の1人である。
その私が考えた『公共事業を減らし方』と云うより『健全な公共事業のあり方』です。
我ながら素晴らしいアイデアだと思う。
もしこのアイデアを、国や地方自治体の議会に提案して頂ける政治家がいたとしたら….
その人は間違いなく!次の選挙でトップ当選するでしょう😁少なくとも絶対に….
私はその人を支持しますよ😁😁😁
吉野川源流ちょい前散策
2025年6月2日記載
*ブログで5回に分けて書いたものを、編集してまとめました。
昨年9月よりホームページにて、
吉野川に架かる橋の紹介に取り組んでいて、現在までに河口から40キロまでの20橋と、源流から15キロまでの12橋までが取材済みです。
その源流部付近を4月に取材した時に、
川に沿って散策する機会があり、あまりの美しさに写真を撮ってきました。今回はその紹介です。
まずはGoogleマップにて場所の説明です。
吉野川の源流は、四国山地西部の石鎚山脈に属する瓶ヶ森(かめがもり)付近にあります。愛媛県との県境に近い高知県いの町、山深い。
ちなみにこれは今年の2月に撮影の瓶ヶ森。日本百名山に数えられる美しい山です。
では吉野川源流ちょい前散策のコース説明。
スタートは白猪谷オートキャンプ場から、白猪谷バンガローの少し手前までの川沿いの道。このマップの北数キロ先に、吉野川の源流がある。
源流部には今年2度来ています。2月23日と4月29日です。松山で一泊2日の取材。
2月は雪が積もっていて、源流部にある源流橋には行くことができませんでした。そこで4月に再び訪れて源流橋の撮影しにやって来たのです。
ちなみにこれが源流橋の写真です。
ね、間違いないでしょ… 😅
無事に源流橋の撮影は終わったのですが、
気になる箇所がありました。それが今回散策した付近です。ここには川に沿って道がある。橋があるのではないか?と調べてみた理由です。
結果的には橋はなく無駄足でしたが、道中の美しい風景に魅了され写真を撮りました。
実際には帰りに撮影したのですが、便宜上キャンプ場から散策したテイで紹介します。最初は、
これがスタート地点。キレイに整備されている。奥にオートキャンプ場の施設。橋は源流より3番目のヤツです。普通の橋で名前も分からず…
では『吉野川源流ちょい前散策」と題して、
スタートしてすぐ目に飛び込んできた、これぞ!源流近く渓流の風景です(順番はあやしい😅)
大岩と複雑な水の流れ、いいね。
歩き始めてすぐはキレイな山道で、歩きやすかった。この付近の流れは穏やかなだけど…
岩が多い場所では流れは複雑である。
このように、川が蛇行しているため、穏やかなと激しい流れが交互になっている。
岩の上の道はコンクリートで適当😅
冗談です😁大変だっただろうな。川の水は澄み切ったエメラルドグリーン色をしている。
ここまでの写真はスタート地点近く、大きく蛇行している場所付近にて撮影したもの。
さて続けましょう。写真の順番はあやしい😁
これは穏やかな流れ、本当に美しい色である。
ここが一番川幅が狭い。50㌢くらい。滝になっています。四国三郎『吉野川』とは思えない。
こんな岩を削った険しい道もある。手に汗握る!一歩間違えれば… なんてことはありません😁
切り立った崖道を過ぎ、険しい登道😁
その頂上からの見える川の様子、左の木のシルエットは、なかなか風情があった記憶あり。
ここまでの写真は中間付近までのもの。スタートから5百㍍以上進み、景色に魅了される反面、たったの1人、少々心細い気持ちになった記憶あり😅
では吉野川源流ちょい前散策と題して、後半での写真の紹介。スタートから1キロ以上の散策。
道はだんだん悪くなり… と思っていたら、
突然木でできた立派な道が登場しました。歩きやすくて快適でしたね。途中休憩所もあったし、
*残念ながら木の道の写真は無かった。
こんな大きな流木もありました。大自然…
今回の散策は橋の調査でしたが結果は無し。でも大きな石が連なって橋っぽい場所を発見。
*実際渡ってみたが、結構危険。
… と、この大きな石の凹みの水たまりに、何やら蠢く生物を発見しました。それは…
イモリでした。正式にはアカハライモリ。さほど珍しくはないけれど、吉野川の源流部の秘境にて、出逢えた喜びを胸にこの場を後にしました。
*正確には、このイモリの写真をオチにできるなと思って、帰りに写真を撮りました😁
最後にもう一度地図を掲載します。イモリとの出逢いは『この辺りまで』の少し手前にて。