収録文章

📝編集作業  22年5月23日
📝逆行の無理  22年5月26日
📝体を動かす効用  22年6月3日
📝偉そうにするには  22年7月2日
📝20日間の休息  22年7月16日
📝爆売れかき氷  22年7月18日
📝アルバイトの帰り道  23年9月29日
📝こんなにいる? 25年1月26日
キレイな雑草  25年5月29日
生命とは何か  25年7月10日

編集作業
2022年5月23日記載

2006年1月22日に始めた旧ホームページ。
2022年 1月 7日にこのホームページを始めて移設作業を続けています。まだ数か月は必要です。

ブログ機能もあって、お気楽な話を書く楽しみも加わって、今や私の趣味になっています。

まぁそれは少しづつということで、

現在は移設作業が中心。昔書いた文章を編集して移設しているのですが、その編集作業を通じて、感じたことを書いてみたいと思います。

学生時代、私の国語の成績は最悪で、常に下から数えた方が早い。確か偏差値16だったかな?学年540人中533番というのがありました。

こんな成績でよく大学に行けたもんだ…

読書なんてほぼ皆無。たまに読んでも分からないしつまらないので憂鬱なだけ。だから自分で文章を書こうなんて思いもしませんでした。

初めて文章を書いたのは33歳の時で、とにかく驚いたのです。楽しくてね。スラスラ書けてしまう。自分で読むといいなと思ってしまう。

もしかして俺って文才ある?と有頂天。

すっかりハマってしまいました。実はこれが旧ホームページを立ち上げるキッカケです。

最初の半年くらいはよく書いていた。

普段ぼーっと暇な時、車でドライブしてる時、寝ようとしてる時などに、フッと頭に浮かんだ、空想や物語や漫才みたいな会話とか仮説とか…

頭の中でグルグル膨らませていく。止まらなくなる時もある。また昔思ったり考えたりしたことも思い出したりで、夢中になって書いていた。

地元の新聞に投稿したら採用されたりね。

俺っておもしろいとハイテンション!何考えてんだかと落ち込み、何だこりゃ?と天を仰ぐ。

それらを文章にして頭の中から出す。頭がスッキリする感覚。ストレス発散にもなるしね。

上記で書いたように国語は大の苦手。なので自分が理解できるように分かり易く、内容なんて二の次、自由気ままに楽しくおもしろく書こう。旧ホームページの頃はこんな感じで書いていました。

初めて1年くらいはネタは湯水の如く。ところが3年経つとネタ切れ状態になる。無理に書こうとして行き詰まり、途中放棄の文章が増えていく。

次第に意欲が失せていく。6年経つと年に数回と大激減、10年後ついに書かなくなりました。

今年の1月、クレヨンのホームページ作成アプリを知り再開を決意。まず旧ホームページから移設作業をしようと、昔書いたの文章を読んでみたのですが、とにかくヒドいなと思いました。

読んでいて恥ずかしい。赤面赤面です….

自分が楽しくおもしろければいいという感覚。ホームページに記載するなら、誰かが読むのが大前提。まるで考えていない。本当にヒドい…

ホームページ再開には、昔の文章をそのまま載せるわけにはいかない。第三者が読むに堪える程度に、編集作業をしなければならない。

という訳で、編集作業を頑張っています。

もちろん恥ずかしいってだけではなく、久し振りに読んで懐かく思ったり、こんなの書いたっけ?と首を捻ったりと、結構楽しんでいます。

これからも文章を書く趣味は続けます。今回の編集作業の大変さを踏まえて、読む人のことを思い、書いたら必ず読み直す。不快感じないか?内容に不備がないか?1度熟考することにします。

私の趣味は文章を書くこと。楽しいな。

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逆行の無理
2022年5月26日記載

その時代の流行り、その復活、発展…
簡単にできるようで不可能なのかも…

絵画なんてそうだ。レオナルド・ダ・ヴィンチの名画『モナリザ』写実的な人物画の最高峰。

現代の絵画師たちがこのような絵を描いたとしても、あまり評価は得られないだろう。

世間に認められるには、何かしら新しい手法や表現方法を見つける必要がある。時代を経る度に、いろいろな手法や表現方法の発見発明。

絶対に止めることはできない。

時代を経る度に世間が認める絵画は、基本である写実的とは掛け離れたものへ、もしくは何かと組み合わせた派生的なものになっていく…

現在認められているものと、過去の素朴で素直な進化を経ての完成形を比べてみて、

過去のものが魅力的と感じるとはつまり、

その世界での進化は、絶対にある種の壁を超えることない。壁沿いには広がるが前方向には、僅かに進化しているだけになってしまう。

逆に言えば、その世界は完成に近づいたと言える。そして一度に収束に近づいた世界に、

異次元の飛躍をもたらす何かが作用したとしても、それはもはや別の世界になっている。

逆行の無理…

私も書いていて、実は訳がわからない。でもなんとなく収束したような気もします。

体を動かす効用
2022年6月3日記載

体を動かすことは疲れるものです。
これまでの半生にて私はスポーツなるものに、一度ものめり込んだということはありません。

一時期ゴルフをしていました。多いと週に2、3回打ちっぱなしに行っていましたが、腕の方はさっぱりで最近ではすっかりご無沙汰です。

話は変わりますが、車で私はドライブ中によく歌を唄っています。割とイケるんですよ私😁

本気で唄いたいなと思うと、田舎の山道をドライブしに行きます。誰にも聞こえないから😅

どうでもいいですが、その日の体調によって上手く唄えないことがあります。サビや高音の部分にミスチルやGLAYにボン・ジョヴィなど😁

唄がダメだった時は落ち込みますね😭

ところでゴルフの打ちっぱなしに行った帰りに、車で唄ってみると声がよく出るんですよ。いい気分です♫でもしばらく経つと元に戻ってしまう。

運動すると声が出るようになる?そうなのかな。でも体を動かすのはシンドイし、すぐ元に戻るし、声を出すために運動したいとは思わない。でね、

この2か月、仕事で肉体労働をしています。イヤイヤ体を動かして、イヤイヤ体が鍛えられていく。休日は疲れて何もできない。本当にイヤイヤ😮‍💨

最近少し慣れて休日久し振りにドライブ。唄って驚いた。声がよく出る。しかも持続して😀

聞いたことはあったが実感しました。

なるほど歌は喉ではなく腹筋で唄うものだ。体を動かして身体を鍛えると、こんな副産物がある。

これから暑くなる。暑さと肉体労働が大嫌いな私。その2重の試練を乗り越えるための、些細で密かなモチベーションになっています。

偉そうにするには
2022年7月2日記載

🗨️大したことない人ほど偉そうにする🗨️

これは私の持論である。そして私は全然大したことがない。だから私は偉そうにしたいんです。

スマホで『えらそう』を変換すると、

偉そう、エラそう、エラソーとかになる。カタカナやひらがなの『えらそう、エラソー』は本当に大したことない滑稽なイメージがする。

それでもいいけれど、今でもできるし。でもどうせ目指すのなら、漢字で『偉そう』にしたい。

私はいつか偉そうにしたい。でも例えば会社の上司や社長で偉そうにしている人は、周りから敬遠されがちだし、嫌われたりもします。誰だって、

えらそうやエラソーにされても楽しいからいいが、偉そうにはされたくない。これではダメ。

ならばどうすれば『偉そう』にできるか?

まずは、一見大したことないのに、実は需要で有意義なことを発見する。次に、それを踏まえて偉そうにすると、面白くなるセンスを身につける。

… 訳が分からんな。逆に書くかな。

笑いのセンス抜群の人が、誰も気付かない重要で有意義な『コロンブスの卵』めいた発見をする。

… 訳が分からん。簡単に書くかな。

🗨️面白い人が大発見をする🗨️なるほど!

これをなし得たら『偉そう』にできるのか。取らぬ狸の夢妄想。いつまでもいつまでも…


20日間の休息
2022年7月16日記載

結局20日間を要しての結論は、派遣の仕事に見切りをつけて、また交通誘導警備員に戻る。

木工所での肉体労働を無理だとやめた。その疲労回復と自分への落胆。引き続き派遣の仕事を続けるかで悩み、最後に警備員をするかで悩んだ。

まるで異業種、以前もうしないと誓ってやめた交通誘導警備員に戻る。心と身体を整理して気持ちを切り替える。心身と対話して覚悟を決める。

…とか、かっこいい話ではないけれど…

4年の引きこもりから復帰17年目。その間結構休息を取っている。木工家具から最初に警備員をする14年前に8か月。派遣と警備を交互にしていたロンドンオリンピックの頃に2か月。7年前警備員をやめて派遣で頑張ろうと思った1か月。

色々な目に遭遇して悩み落胆、仕事を変える時は、休息と心身の切り替えが必要なのだろう。

…とか、かっこいい話ではないけれど…

今回は20日間の休息。だんだんと休息と心身の切り替えが短くなっている。いい傾向にあるのかな。どうなのかな?とにかく仕事は警備員と決めた以上、トコトン警備員を極めてやろう!

…とか、かっこいい話ではないけれど…

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爆売れかき氷
2022年7月16日記載

また交通誘導警備員に戻る記念。
以前ブログで紹介の神山森林公園にて、

何年か前のゴールデンウィーク。新緑祭りの警備に行った時のこと。大勢の人で賑わっている。子供参加のイベントなどがあり、家族連れが多い。

私は公園入口で交通整理。道路を挟んで駐車場。そこから人が押し寄せる。必要に応じて車を止めて渡って頂く。結構な交通量でなかなか忙しい。

その忙しい最中、私の道路向いの公園入口にかき氷の屋台が設置された。かき氷機一台に氷の入った大きいクーラーボックスが一つ。たったそれだけ。椅子にバイト風の青年が一人で座っている。

簡易な屋台である。一緒に来た業者の人は、設置が終わるとすぐ軽トラで帰ってしまった。

私は仕事しつつチラチラ様子見。みんな素通り。さっぱり売れず。バイトの青年は全くやる気なし。あくびなんぞしつつ、ぼーっとしている。

午前中売上は二つだけ。あらまぁ… このまま売れないのも面白いかな?など思っていました。

お昼過ぎ子供向けのイベントが終了。公園内の浅い池で魚のつかみ取りみたいなイベント… 

*だったかな?よく覚えていないけど。

参加者の家族連れが大挙して出てくる。かき氷の屋台が気になる。またまた様子見。素通りかな。

子供が一人、親にせがんでかき氷を注文。

おっ!一つ売れた売れた!と楽しんで見ていたら、それが合図か呼び水か!かき氷がどんどん売れ出す。いつの間にか長蛇の列となっている。

結局かき氷は夕方まで売れ続ける。バイトの青年は大忙し。最後は氷が無くなって店仕舞い。あまりの売れ行きにバイトの青年は苦笑いである。

いやいや凄かったな… 私も苦笑いである。

感想は二つあります。一つ300円で少なくとも100は売れている。かき氷の原価なんて安いモンだろうし、当たるとおいしい商売である。

それと一人買ったら、それが呼び水となりみんな買うという現象。見て楽しいけれど怖い気もする。みんなするから『しなければ』群衆心理?

浅く思えば滑稽に、深く思えば怖い気も、今思い出せばどうでもいいや!ただの思い出である。

アルバイトの帰り道
2023年9月29日記載

*ブログで7回の連載をまとめました。

⭐PART①

私が人生で初めてしたアルバイトは、パチンコ屋の店員です。当時は山形大学一年生でした。

時給1200円で3時間程度。融通も利くし気楽な仕事でした。冬の11月から2月頃まで。

大学でサイクリングクラブに所属。春の九州合宿の費用の足しに、との思いがあったのです。

パチンコを初めてしたのもこの頃で、

ハネモノの台で、両替した100円を入れて、500円勝ったとか1000円負けたとか…

今でいう4円パチンコしかない時代。小遣いは親からの仕送りだけの私。調子に乗ってハマったら、生活費などすぐに無くなってしまいます。

ちなみに当時のハネモノは、種類も数も多くコーナーもあった。1円パチの感覚でしょうか?

こんなことを書いていると、当時のパチンコ事情など思い出して、懐かしい気分になります。

⭐PART②

当時は空前のパチンコブームの少し前。フィーバー台がすでに主流。パチスロも登場していた。

でもこの頃のフィーバー台は、単発でも確変でも終了すると、出玉は全て交換する決まりでした。フルーツパラダイスってのが人気だったかな…

パチスロの人気機種は、何と言ってもスーパープラネット。私もよくやりました。BIGボーナスゲーム中のBGM、今でも覚えています。

このスーパープラネットの後継機が、現在も存在するスーパーパルサーです。興味のない人は、何を言っているのか分からないでしょうね。

… あっ!そうか… もっと後だな。

私がバイトしていた頃は、まだスーパープラネットはなかったな。人気はアラジンでしたかね。興味のない人はどうでもいいでしょうが…

あっ!思い出した。アラジンは確か…

メダルを一度に4枚入れて回すと、絶対当たるなんて裏ワザがあったとか?なかったとか?

そんな話はどうでもいい。続けます。

⭐PART③

覚えているのはクリスマス・イヴの日。彼女のいるバイトの子の代わりに入ってくれと店長に言われて、閉店まで6時間も働いたこと。

この年のヒット曲『世界中の誰よりもきっと』が店内にすっと流れていた。何となくブルー。

そんなことはともかく、山形は北国。

冬は寒くて雪も積もる。アパートからパチンコ屋まで自転車で行く。軽い坂道の3K㍍の距離。

このバイト通勤が真冬は大変です。

山形市内の多いと積雪は50㌢になる。1m以上積もる米沢や尾花沢に比べればマシだが、四国の徳島出身の私にとっては初体験である。

山形に住んで初めての冬。雪が積もると除雪車が登場して自転車も何とか通行可になる。でも慣れないし怖いし、まして坂道だし神経を使います。

寒さも強烈。雪国は住むトコじゃない😅

いつかの朝方、友人宅から帰宅。とにかく寒い。近くの国道13号線の温度計は、氷点下10度を示していた。あまりの寒さに腹が立ってきて、道端の雪の塊を蹴ったら、カッチカチで痛かった。

⭐PART④

ちなみに山形は北国だけど盆地。なので夏の暑さは強烈である。毎年のように酷暑の続く昨今では普通だけど、気温39度を経験しました。(注1)

自転車で大学へは軽い下り坂の数百メートル。ムワッとする熱風が身体全体に襲ってくる。

ペダルを漕いでいないのに、すぐ近くなのに大学に着くと汗だくになる。帰りは…. 地獄。

その前年は逆に記録的な冷夏で、米不足のためタイ米が流通したっけ。ファミレスのチャーハンは美味かったが、家で炊いたら不味かった。(注2)

あっ!今思い出しました。山形に来てすぐの4月に雪が降って度肝を抜かれました。 (注3)

タイ米は全国的だったのでともかく、

そんな厳しい環境に4年間。今は生まれ故郷の徳島で暮らしている。やっぱりいいなと思う。

昨今の酷暑でも最高でも体温くらい、台風被害も割と軽微、雪は年に一度積もる程度。でもそれは誰にだって故郷はいいものだというお話で…

(注1)1994年
(注2)1993年
(注3)1992年

おっと!懐かしさのあまり、余計なことを書いてしまいました。山形大学1年生の冬に、パチンコ屋のバイトの帰り道という話でしたね。

⭐PART⑤

思い出に残る出来事は年明けのこと。その日の積雪はほとんどは無く、道路の端に残る程度で、

道路は濡れていたが特に問題なし。積雪が多いと自転車を降りて押して行く時もあります。

途中でみぞれ混じりの雨が降り始める。道路はシャーベット状になった。でも気にするほどでなく、夕方6時前店に到着。仕事を始めました。

仕事は店内を歩き回ってドル箱を運んだり、玉詰まりとかのトラブル対応など、今と変わらない。でも当時ならではの仕事もありました。

店員はみんなマイクを持っている。
そして大当たりしたパチンコ台に行き、
「○△コーナー○☓台!フィーバー大当たり!」
またパチスロのコーナーでは、
「△●台!ビッグボーナスゲームスタート!」
なんて言って、店内を盛り上げる。

今は廃れてしまいましたが、当時のパチンコ屋ではこれが普通でした。最初は恥ずかしくてね、でも慣れてくるとなかなか楽しいものでした。

でも今思い返せば… 本当にしてたのかな。

⭐PART⑥

早くバイトから帰りやがれ!

これを読んでいる人は思うでしょう。私だってそう思います。早く終わらせたいが、いろいろ当時のことを思い出してなかなか話が進まない。

でもさすがにもう帰ろうと思います。バイト先のパチンコ屋から帰るということです。

夜9時過ぎパチンコ屋から出る。外に出た途端、強烈に寒い。山形の真冬、当然である。でも風はなく雪も降っていない。駐輪場へ向かう。

自転車に乗り、ペダルを踏んだ瞬間に違和感。ペダルが全く動かない。降りて見るとチェーンに付いたみぞれが、完全に凍り付いていました。

どうしよう… 困って焦っていると、

そこによく知っている常連客がやって来た。事情を話すと「井戸水なら溶けるよ」と言う。

「井戸水?どこにありますか?」

案内されて蛇口をヒネると水が出てきた。不思議なことに結構温かい。山形は井戸水が豊富。温度はほぼ一定で冬だと少し温かく感じます。

その水をかけると、みるみる溶けていく。その人にお礼を言って、帰宅の途につきました。

⭐PART⑦

何とか自転車で帰路につくも、困難はまだ続く。みぞれ混じりの雨で濡れた路面は、夜の冷え込みで凍り付き、アイスバーンと化している。

怖々自転車を走らせる。気を抜けばステーン!幸い風はなく雪も降らず、車は走っていない。そして軽い上り坂。冷や汗を掻きつつ順調に進む。

残り1㌔で難所を迎える。道は直角に曲がるシケインで少し下り坂。何とかここまで来れたし、慣れてもきた。大丈夫!と自分に言い聞かせる。

これまで通りゆっくり慎重に進む。でもくだり坂でスピードが少し上がる。これでは曲がれない。

初めてブレーキレバーを引く。ずっと上り坂だったので、一度もブレーキを使っていなかった。

あれ?レバーが?動かない?そうです。

ブレーキのレバーは凍り付いてまま。焦って力を込めてギュッと握る。レバーが引けた!は良かったが、急ブレーキ!ツルッと、ステーン💥💥

痛💥たァ~💥… くないな。あれ?

… いや?痛いな。でもそこまでじゃない。凍り付いた路面でスピードもそんなに出てなかった。

むしろハイな気分である。自転車で転ぶなんてほぼ経験したことがない。しかも痛くない。

一度転んでしまったし、痛くはないし、周囲に誰もいないし、もうどうでもいいや!と、さらに3回スッ転んでアパートに到着。部屋で一息つく。

笑顔で1人大笑い。あ~楽しかった!

*たいした話じゃなくてすいません。でも当時のことをいろいろ書けて私としては満足です。

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こんなにいる?
2025年1月26日記載

*元は2022年6月22日記載の文章。Amebaブログ投稿のために編集しました。

以前私は派遣社員として、
主に工場で働いていました。色々な工場で働いたのですが、何気にこう思いました。

『こんなにいる?』

一度思ってしまうと癖になって、工場を変わり仕事に慣れた頃に、ふと思ってしまう。

『こんなにいる??』

よくよく考えれば、不思議ではない。
むしろ当然のことである。でも仕事中に手が空いた時の暇つぶしに、ふと思ってしまう。

『こんなにいる???』

その工場では、スマホの小さな電子部品を月に二千万個以上作っている。こう思った。

『こんなにいる?』

またある工場では、インスタントカレーの箱を一日で30万個も作っている。いくら何でも、

『こんなにいる??』

肉体労働した木工建具の工場、住宅用のドアだけを山ほど製造している。本当に…

『こんなに必要???』

半年勤めたハムの工場、8時間で一万個以上も同じ製品を作っている。喰えないよ…

『こんなにブタ殺してる?』

思い返せばこんな仕事もしたな…

ある総合病院で、ナースエイド助手の仕事をした時のこと。看護師、エイドさんは女だらけ…

『女って…こんなにいたっけ?』

よくよく考えれば、不思議ではない。
むしろ当然のことである。でも仕事中に手が空いた時の暇つぶしに、ふと思ってしまう。

職場が変わり慣れた頃に、ふと思ってしまう。一度思うと癖になる。なぜでしょうか?

答えは… おもしろいから😁

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キレイな雑草
2025年5月29日記載

*ブログで3回に分けて書いたものを、編集してまとめました。

⭐PART①

道路沿いに生えている雑草。
初夏のこの季節はぐんぐん成長する。こんな感じですね。下の写真の雑草は控え目だけど、

もちろん正直良くない景観です。縁石付近やアスファルトの割れ目から、目ざとく生えた雑草に、

生命力の強さは感じます。元々の生息域を取り戻そうと頑張っている。でも道路としては汚らしいし、ない方が良いに決まっている。ところが、

ここは徳島県の某県道、目を奪われる。
大きな黄色い花を咲かせた雑草が、百㍍以上も道路の縁石に沿って続いている。

ほ〜キレイなもんだ… 思わず撮影。

なんて名前の花かな?
こんな時は Googleレンズ。ところが、

花の名は『オオキンケイギク』
北米原産の特定外来生物に指定だそうで…

栽培することは禁止、野外に放つと罰金を取られてしまうとのこと。キレイだけど、残念…


*後日、淡路島の高速道路の中央分離帯に、このオオキンケイギクが咲き乱れているのを見ました。思い出したが、この県道の近くにも徳島の高速道路がある。タネはそこから飛んできたのかな?

⭐PART②

道路沿いに生えている雑草。
初夏のこの季節はぐんぐん成長する。

キレイな花を咲かせた雑草を見つけるも、特定外来生物だと分かり、多少気落ちする。でも、

これで一本ブログを書こうと、ドライブしながら道路沿いの雑草を気にしていると、おっ!

①の場所からすぐ近くの某国道沿い。
今度は小さいけれどムラサキ色のキレイな花を咲かせた雑草が、道路沿いに続いている。

その中で目立つ立派な雑草を撮影。ムラサキの花もそうだし、なかなか品のある佇まい。でも…

①の雑草は特定外来生物、今回も?とりあえず期待はせずに Googleレンズで…. ほ〜!

名前は『ヤグルマギク(矢車菊)』
英名『コーンフラワー』ヨーロッパ原産で日本には明治期に導入された、とある。つまりやっぱり外来生物ということになる。でも、

日本でも普通に栽培されていて、花壇や切り花など観賞用だけでなく、ハーブティーなどの食用に薬用にも、果ては美容や染料にも利用される。

花言葉は一般的に『繊細と優雅』他に『独身生活 教育 信頼 幸運 希望』などと良い感じ。

ウィキペディアによると、

ヨーロッパ原産、元々は麦畑に生える雑草、園芸用に品種改良、紫や白に桃色などの花が咲く。古来より珍重、フランスなどでは国花となっている。ナポレオンやマリー・アントワネットが好んだそうだ。

へ〜確かにキレイな花だしね。

⭐PART③

道路沿いに生えている雑草。
初夏のこの季節はぐんぐん成長する。

徳島の某国道沿いで見つけたヤグルマギク。一通り写真を撮影した後、廻りを見渡すと、あれ?

某国道から田んぼを隔ててすぐ近く、
こんもりした小山にヤグルマギクが咲き乱れている。なるほど、そこからタネがね… んっ?

その奥に墓がある… 墓所かな。

気になって行ってみると、奥は墓所で小山の花畑の中にも古いお墓が立っています。

調べてみるとヤグルマギクは、
お墓や仏壇のお供え用に使用されるそうで、かのツタンカーメンの棺桶の中にも、ヤグルマギクが入っていたとかいないとか、ともかく…

道路沿いではムラサキ色だけだったか、この場所にはピンク色もある。これもいいね…

このムラサキとピンクのコラボ、何となく品のある紳士と淑女のようなイメージがする。

亡くなった方を讃えるような、お墓のお備え用の花としてふさわしいのかもしれません。んっ?

最初から気にはなっていたが、この小山にある石はもしかしたら、全て古い墓石なのかも…

だから別に… なるほど… そうか、
ふ〜ん… 良いことなんだな。では終わります。

生命とは何か
2025年7月10日記載

⭐PART①

NHKスペシャル『人体』シリーズ
最終章『命とは何か』という壮大なテーマ

楽しく… は微妙ですが拝見しました。結局は難しくてよく分からないが素直な感想です。

最終回にタモリさんと山中伸弥さんが、命とは何かについて話をしていました。ですが、

もちろん結論など出ないわけで…

世界中の優れた科学者でも、古今東西の哲学者も宗教家も、有史以来全ての人間の誰一人として『命とは何か』の問いに正確には答えられない。

そんなの考える必要ある?
永遠の謎のままでしょう!

確かに宗教や哲学よりも、科学的に命についてアプローチする方が説得力はあるかも…

宗教や哲学は命より生き方だもん。

実際に人体への科学的研究の過程で、人体のことが次第に理解されて、薬の開発や治療法の確立など、医学の進歩に役立っているそうである。

… と、脈絡なく適当に書いています。

何を書きたいのかって?早い話、私も一つ『命とは何か』について意見してみたいのです😁

⭐PART②

命とは、つまり生命のこと。
だから生き物とは何ぞやという話。

突き詰めていけば、生命とは、意志や意図を持っている風の『動く有機物』だと私は思っています。

番組で登場した『細胞内キャラクター』
人間は40兆個の細胞の集まりで、細胞はそれぞれが生きている。細胞内ではさまざまな物質が、動きながら役割を果たしている。その物質のこと。

人間は意思を持って行動する。
体内の細胞や細胞内キャラクターは、それぞれが生きていて、動いて役割を果たしている。

共通点は生きて動いて役割を果たすこと。相違点は細胞は意志を持っていないこと。

人間は頭で考えて行動する。細胞や細胞内キャラクターは、DNAの情報を読み取って行動する。

常識的には違いはあります。

人間である私は、自由に考え行動している。決して細胞内キャラクターのように、DNAの指示に従って行動しているだけではないのだ!

と言いたいけれど、同じにも思える。

番組内の細胞内キャラクターたちは、
多種多様に存在し、複雑に関係して、それぞれが役割を果たし細胞を機能させている。

その細胞たちも同様である。
多種多様に存在し、複雑に関係して、それぞれが役割を果たし人間を機能させている。

そして人間もやっぱり同様である。
多種多様に存在し、複雑に関係して、それぞれが役割を果たし人間社会を機能させている。

共通点は有機物であること。
そして動いていること。役割を果たしていること。多種多様であること。複雑に関係していること。自分の住処周辺を機能させていること。

あまりにも共通点が多い。人間を含む高度に進化した動物が信じている自由な意志。それが、

単純にその生命の設計図DNAに基づいた指示の範囲内だとすれば、生命とは何か?つまり命とは『動く有機物』であると考えるのが自然でしょう。

⭐PART③

生命とは『動く有機物』である。
つまり細胞もその集合体の生き物も、有機物以外ないですからね(*骨は別)普通の答えです😁

*骨の主成分カルシウムは水に溶ける。
軟らかい有機物の身体を支えるため、生命が取り入れた… と考えられる。水は生命のゆりかご😀

有機物とは、炭素を骨格とした化合物の総称。炭素以外にも、水素、酸素、窒素などが含まれていて、複雑な構造になる性質がある… 云々

軟らかくて様々な性質を有する。
水とエネルギーと酸素や二酸化炭素などの大気と密接に絡み合って、多岐に変化していく… 云々

番組内で山中伸弥さんによると、
最初の生命はその有機物が複雑に絡み合う環境下(水が液体で存在する地球のような)で偶然誕生したのだと、それ以外は考えられないと… 云々

生命の設計図DNAも偶然なの?う〜ん…

まっいいか😁よく分からんし、深入りはしたくない。それにしても『命とは何か』ですか…

では、私流の全く別の切り口で、

⭐PART④

もしもこの世界に生命がいなかったら

そんな風に考えみました。地球はもちろん広い大宇宙にも、命あるものが全くいなかったら…

この世界、つまり宇宙に意味はない。

となる気がします。私たち人間は知的生命体であり、地球や宇宙の存在を認識している。

他の動物や植物も、小さな原始生物も、
喰うや喰わざるやの世界を、認識し、享受して、命ある限り、喜びも怒りも哀れみも悲しみも、程度の差こそあれ感じているはずである。

命とは何か?

なぜ生命は誕生したのか?
この宇宙に生命はなぜ存在するのか?

宇宙に無数にある星の活動や破壊、
その過程において、できた有機物が、なぜ地球のような水が液体で存在するごくごく僅かな環境下で、複雑に絡み合い、生命となったのか?

宇宙がね… 自分の存在を、
誰かに知って欲しかったから😁

⭐PART⑤

ところで… このくだらない😁
文章を書いているうちに、一つひらめく。

命、つまり生命は有機物であると、

これがね… どうも気になって、想像を膨らませてみたところ、有りうる可能性に行き着きます。

生命は進化を続けてきました。

最初の原始生物から、海の中で巨大化し、魚類が誕生し、陸では虫が謳歌した後、両生類が上陸を果たし、爬虫類である恐竜の王国となり、隕石落下の後、ネズミが進化して哺乳類の時代へ、次いで猿から知的進化した人間の世界となり、現在に至っています。

その進化の過程を通じて、

その時代を謳歌した主役の種は、一度衰退すると、二度と主役には戻れず、脇役になります。

それはなぜか?前時代より新たな主役の方が、能力面や適応性に長け、”汎用性”に富むからです。

その全てが動く『有機物』である。

現在進化を続ける人工知能AI、
その能力は、知的生命体である私たち人間を、遠くない未来に凌駕するだろうと考えられる。

もし銀河鉄道999とか、様々なSFに登場する機械化人間。それは人間より遥かに知的であり、空気がなくても平気だし、”汎用性”にも富む。

あっそれと永遠の命!ヒェ〜
機械化人間は動く『無機質』だし、

もし機械化人間が人間を押しのけ、主役の座についたとしたら『命とは何か』分かんないね😁

*どこまでも… くだらないな😅